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「 さびしい人格 」 萩原朔太郎
「 さびしい人格 」 萩原朔太郎
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さびしい人格が私の友を呼ぶ、
わが見知らぬ友よ、早くきたれ、
ここの古い椅子に腰をかけて、二人でしづかに話してゐよう、
なにも悲しむことなく、きみと私でしづかな幸福な日をくらさう、
遠い公園のしづかな噴水の音をきいて居よう、
しづかに、しづかに、二人でかうして抱き合つて居よう、
母にも父にも兄弟にも遠くはなれて、
母にも父にも知らない孤児の心をむすび合はさう、


ありとあらゆる人間の生活(らいふ)の中で、
おまへと私だけの生活について話し合はう、
まづしいたよりない、二人だけの秘密の生活について、
ああ、その言葉は秋の落葉のやうに、そうそうとして膝の上にも散つてくるではないか。


わたしの胸は、かよわい病気したをさな児の胸のやうだ。
わたしの心は恐れにふるえる、せつない、せつない、熱情のうるみに燃えるやうだ。
ああいつかも、私は高い山の上へ登つて行つた、
けはしい坂路をあふぎながら、虫けらのやうにあこがれて登つて行つた、
山の絶頂に立つたとき、虫けらはさびしい涙をながした。
あふげば、ぼうぼうたる草むらの山頂で、おほきな白つぽい雲がながれてゐた。


自然はどこでも私を苦しくする、
そして人情は私を陰鬱にする、
むしろ私はにぎやかな都会の公園を歩きつかれて、
とある寂しい木蔭に椅子をみつけるのが好きだ、
ぼんやりした心で空を見てゐるのが好きだ、
ああ、都会の空をとほく悲しくながれてゆく煤煙、
またその建築の屋根をこえて、はるかに小さくつばめの飛んで行く姿を見るのが好きだ


よにもさびしい私の人格が、
おほきな声で見知らぬ友をよんで居る、
わたしの卑屈な不思議な人格が、
鴉のやうなみすぼらしい様子をして、
人気のない冬枯れの椅子の片隅にふるえて居る。





『月に吠える』https://www.aozora.gr.jp/cards/000067/files/859_21656.html
イラスト詩歌8

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新聞の影響かアクセス数がいつもより多く、驚いています。
わざわざお越し下さり、ありがとうございます。

ネットでは、感覚と絵の実験をやっていて、そのひとつが先人の詩にイラストを付ける
「イラスト詩歌」です(twitterではこのタグ付けて載せています)。
イラスト詩歌カテゴリーはこちらからhttps://loopmark.exblog.jp/i11/

著作権の切れた文人さんの詩を使用しています。
代表詩、というよりは、見つけて気に入った詩を選んでいます。
勉強しながら、こちらも描いています。
あくまでのわたしのイメージで(お持ちのイメージを壊してしまったらごめんなさいなのですが汗)、
描き続けたいと思っています。


とりわけ、わたしが個人的に土地と共に縁を感じて、深く触れていきたい詩人が三人いるのですが、
その三人が、

寺山修司(青森県弘前市生まれ、三沢市に記念館あり)
萩原朔太郎(群馬県前橋市出身、前橋市に文学館、記念館あり。二月に行ってきました。twitterで巡りツイートしています)
尾形亀之助(宮城県大河原町出身、仙台市で果てる)
です。

亀さんは近いうちに、生地巡りできそうです。

ちなみに、寺山修司記念館で開催中の「不思議図書館」展の蔵書の本棚下の段に
朔太郎の文庫を見つけました。
外見ボロボロで、学生時代の寺山はよく読んだんだろうなあと思うと、
ロマンを感じる…(その隣の中原中也詩集もボロボロ。単なる経年劣化かもしれませんが)。

歪んだ望郷感が三人の共通点に言えるのかもしれません。
(亀さんにいたっては、土地の固有名詞がまったく出てこない)


たまに更新してますので、よかったらまた、覗いてみて下さい^^




by loopmark1210 | 2019-03-11 18:09 | イラスト詩歌
「 虚無の鴉 」 萩原朔太郎
「虚無の鴉 」 萩原朔太郎
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我れはもと虚無の鴉

かの高き冬至の屋根に口を開けて

風見の如くに咆號せむ。


季節に認識ありやなしや

我れの持たざるものは一切なり



『氷島』https://www.aozora.gr.jp/cards/000067/files/4869_14066.html

イラスト詩歌 7
by loopmark1210 | 2019-03-06 18:50 | イラスト詩歌
「 十二月 」 尾形亀之助
「 十二月 」  尾形亀之助
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紅を染めた夕やけ



風と






ガラスのよごれ



『雨になる朝』https://www.aozora.gr.jp/cards/000874/files/3396_9729.html
イラスト詩歌5


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シーグラスのやうな言葉たち
(やっぱりらせん堂で購入)






by loopmark1210 | 2018-11-19 18:03 | イラスト詩歌
「 罪おほき男こらせと肌きよく黒髪ながくつくられし我れ 」   与謝野晶子
罪おほき 男こらせと肌きよく 黒髪ながく つくられし我れ      与謝野晶子
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(直訳: 罪多き男をこらしめよ、と肌清く黒髪長くつくられたわたし)




『みだれ髪 』https://www.aozora.gr.jp/cards/000885/files/51307_47033.html
イラスト詩歌4




ちょっとヒエロニムス・ボスの可愛い地獄モンスターも描いてみました。
『みだれ髪』は
女性の情念を描いた歌が代表的に取り上げられますが、
恋を歌ったものも多く、読んでみると結構意外に
のちにスーパーガールになる晶子ちゃんの、可愛らしさが見えてきたり。


うたた寝の 君がかたへの旅づつみ 恋の詩集の 古きあたらしき

(うたた寝している君の傍らにある旅行鞄には 恋の詩集の古いの新しいのが入っている)


これなんかも相当可愛らしいです。
あと、表紙がとてもセンス抜群で時代を越える可愛らしさなので(下リンクから見られます)、
当時の女性が秘めて持ちたくなる気持ちもわかるなぁと思います。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%BF%E3%81%A0%E3%82%8C%E9%AB%AA






by loopmark1210 | 2018-11-13 18:41 | イラスト詩歌
「 手 」 山村暮鳥
「 手 」 山村暮鳥

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しつかりと
にぎつてゐた手を
ひらいてみた

ひらいてみたが
なんにも
なかつた

しつかりと
にぎらせたのも
さびしさである

それをまた
ひらかせたのも
さびしさである



『雲』 https://www.aozora.gr.jp/cards/000136/files/42755_34855.html
イラスト詩歌3







by loopmark1210 | 2018-10-27 00:55 | イラスト詩歌
「正午 丸ビル風景」 中原中也
「正午
 丸ビル風景」  中原中也

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ああ十二時のサイレンだ、サイレンだサイレンだ

ぞろぞろぞろぞろ出てくるわ、出てくるわ出てくるわ

月給取(げっきゅうとり)の午休(ひるやす)み、ぷらりぷらりと手を振って

あとからあとから出てくるわ、出てくるわ出てくるわ

大きなビルの真ッ黒い、小ッちゃな小ッちゃな出入口

空はひろびろ薄曇(うすぐも)り、薄曇り、埃(ほこ)りも少々立っている

ひょんな眼付(めつき)で見上げても、眼を落としても……

なんのおのれが桜かな、桜かな桜かな

ああ十二時のサイレンだ、サイレンだサイレンだ

ぞろぞろぞろぞろ出てくるわ、出てくるわ出てくるわ

大きなビルの真ッ黒い、小ッちゃな小ッちゃな出入口

空吹く風にサイレンは、響き響きて消えてゆくかな




『在りし日の歌』https://www.aozora.gr.jp/cards/000026/files/219_33152.html
イラスト詩歌1



言葉と絵が融合することをもっともっとしていきたい。
言葉から絵が生まれるんだ、おそらく自分の場合は。

てことで、
近代詩のイラストを描いていってみようと思います。

中原中也は、生涯働いたことがなく親の金に頼りきりだったのですが、
一度NHKの面接を受けて落とされています。
この詩はその前と後、どちらなのだろう。

性格歪んでて、感受性が強く、反逆心も強く、
なのに、
軽やかなリズムで、もろく透明な美しい文を作り上げる中原中也が
大好きです




by loopmark1210 | 2018-10-07 14:54 | イラスト詩歌
宮沢賢治とランボーの「共感覚」
NHKの「100分de名著」がただいま宮沢賢治特集でして、楽しんで見ています。


で、宮沢賢治は「共感覚」の持ち主だと紹介されていました。


共感覚とは、あるものごとに対して五感のうち、二つ以上で感じるというもの。

例えば「文字や数字に色がついて見える」とか、「自然現象に味を感じる」とかです。


あれ、と思いまして005.gif


この感じ、最近、宮沢賢治以外で感じたよなー!と。


あ、そうだ、アルチュール・ランボーだ!


一昨年の末からシュルレアリスムにハマり、その流れでフランスの天才詩人ランボーにはまったのですが(過去のブログはこちらその1その2(詩のイラスト))、
彼の詩がまさにそうでした。

代表的なものでは、アルファベットに色が見えるという詩。

そうだそうだ、似た感覚で作品にしてる!


しかも共通点はまだあります。


ランボーは「誰かがわたしを通じて考えている」ということを意識的に作品にしたことで、
後世にもンのすごい影響を与えているわけですが
(その当時はデカルトの「われ思う ゆえにわれあり」という意識が主流だったそう)、


宮沢賢治も同じことを言っているそうなのです!


自分以外の誰かがなにかが、自分を通して書かせている


自分は媒体である

と。


宮沢賢治がランボーより40年ほどあとに生まれているので、
もしかしてどこかで影響を受けてる可能性もありますが、

賢治のあのみずみずしい伸びやかな作品は天性のものに受け取れて、
誰かの影響を受けて変遷したという気はあんまりしないのですが、 、どうなのだろう。


そんなことを思って、またもハッとしました005.gif


家族に「数字に色が見える」って言ってた人がいるじゃん…と。


以前、あんまりわたしが口説く質問しまくったから
「こんな聞かれるなら、今後このことには一切答えない!031.gif031.gif031.gif」と怒られたのだった。。


本人、わたしと違ってすごく現実主義だからな…
(現実主義者でも共感覚って宿ってるのだなぁ)


共感覚、小さい頃は誰もが持っているけれど、大人になるにつれ大半が失われるそうです。

感覚に目を向けてるわたしには、タイムリーすぎる話題でした♨001.gif
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<2017.4月追記>
去年のボブ・ディランの記事で「ボブ・ディランもランボーと同じく媒体タイプの人間」みたいなことを書いてました!(忘れてた笑)
てことは、ランボー、宮沢賢治、ボブ・ディランは三人とも似たタイプの表現者ということですね!
by loopmark1210 | 2017-03-16 02:56 | 日常記