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焦っても仕方ないのだけれど
夜な夜なスマホをいじっていたら、
昔から憧れてた絵描き(漫画家)さんのツイッターを発見した
それで、
ブログが連携されていたので、読んでみたら
驚くことに
「絵が上手くならなくて焦っている」という旨の内容を書いていた。
(ブログに吐露するってのがいいなぁと)

その方は
もうめちゃくちゃ、天才的に上手いのである。
多大な影響を与えている。

けれどもブログでは冷静に、
自分のこと、仕事についてを分析していて
なんとしても、しっかり上手く描かねばならない
という結論に至る。

もう充分上手いのに
いつだって美しい絵が展開されているのに

そう思いながら、自分は焦った。

さっきも描いていて、
昔の悪い癖が現れているのに気付いて
ああ、もっと描いてないと直らないんだなと
思ったばかりであった。


決して絵において、だらけるようなことはしない
その方は、その商売についたときに誓ったそうだ

取り組む覚悟、である。
圧倒されてしまった。
同時に自分の浸かるぬるま湯に気付いた

その方の文面からは生活の匂いがする
絵で得たお金を、実直に
生活の糧としている匂いがする
労働者の匂いがする
絵を描く憧れの方は、どことなくファンタジーで
謎めいている方が多い中で(作品を引き立てるためでもあるのでしょう)
目の覚めるインパクトだった

それはなんとなく、室生犀星っぽい
圧倒されてしまった


今日は一日中描いている。
上手くなりたい
上手くなりたい
わたしも















by loopmark1210 | 2019-04-06 22:41 | 日常記
寂寥とは何ぞや
朝歩きなんてものを始めてしまった。
ゴミ出しのついでに、そのまま歩いてしまうのである。
朝の空気はいいなぁ。

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東京でお世話になったお友達のお父さまが
素晴らしかった。
友とはお互いすでに母なしなんだけれど、
友のお父様と来たら、(うちと違って)生活力が高すぎる。

たくさん美味しいご飯、お野菜、フルーツ、たっぷり出してくださった。
旅中、食欲落ちるので、満腹まで食べれなかったのが
申し訳なかったけれど

この量を買ってくるのは大変だろうなと思った。
都内は車を持ってる方が少なく、
お父様も車はない。

この量を買いに歩いてくださったのかぁ
と思うと、なんだか胸が熱くなった。

地方にいるとわからない。
わたしはほぼ車で特売日に1週間買い込む派
楽である
(レッツ運動不足地獄!)

都会ばかりいいなぁいいなぁと
思うけれど、
不便な点だって
逆にこっちの良い点だって
もちろんある


東京で表現活動をして一斉を風靡した人生の大先輩が
地元に戻り、毎日歩いている
雪の積もった凍てつく平原を
寂寥とした終末のような雪原を
毎日歩いて見て回り、雪をかき、汗をかき、
ツイートしている

なんでそんなことができるんだろうと思った
でも、答えはきっと

彼にとっては
それは
寂寥だけではないからだ


だからちょっとわたしも
マネしてみた。
うん、悪くない
空気と対話してる感じ
そんな寂寥感もないぞ笑


詩歌に興味を持つと、
季語というのが気になってくる
中でも寺山修司は
冬の俳句がすごく印象的である

言葉のコラージュであり、体感したことではないと
言われがちな氏ですが、
わたしはわりと、学生時代に詠んだ冬の俳句だけは
体験に基づいているのでは
と最近思う(初期の俳句はものすごく素直

歩いていると、たしかにある
この北国には、詠まれた冬の片鱗が

そしてそれはまた
寂寥だけではないな
と思う

冬の変化を感じてみるためにも
歩いてみるのはいいかもしれない
ただ津軽はね、歩くのすらハードな日あるよね…(思い出し


寂寥って言葉、朔太郎さんもよく使う。
多用してみました笑
マネばっかり。笑

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馬たん、走ってるところあまり見ない




by loopmark1210 | 2019-02-16 11:27 | 日常記
その名は、パルサー
小学生の頃、父親が乗っていた車は
日産のパルサーだった
この車のことが
わたしは本当に好きだった

当時のわたしが街で見る車、イメージする車は
一筆書きで書けるようなカクカクした
ザ・クルマ

でも、パルサーとやらは
何かが違う
なんだろ、なにが違うんだろ
なだらかなんだよな、
ああいうのなんなのかな、と母に尋ねると

うーん、と唸ってから
さっちゃんが言いたいのは、りゅうせんけいってことなのかな
と答えた。
りゅうせんけい?
なんだろうその、音色のような空気感の言葉は
漢字を教えてもらう

流線形

詩みたい
ますます素敵だ

そうか、りゅうせんけい
うちのクルマは、どうやら流線形とやらなのだ
他のクルマとは一味違うのだ
得意げになり、
わたしは一層パルサーが好きになった

ブリタニカの電子辞書で「流線形」を調べてみた
関連検索で、アール・ヌーヴォーが出てきた
ルネ・ラリックや、エミール・ガレが出てきた
ウィリアム・モリスやミュシャなども
わやわやと

なんだこれなんだこれ
手の上で
めくるめく世界に眩暈を覚えた

思えば、こういう曲線芸術に虜になったきっかけは
パルサーだったのかもしれない

わたしにとって
パルサーへの感謝は大きい
今も素敵な車だと思う

父のパルサーが老朽化して、手放したとき
あれは中学くらいだったのか
いつかお金持ちになったら
わたしがパルサーまた乗せてあげるよ
と父に言った

父は意外そうに
あ、ありがとう…
と言った
それから

「でも、お父さんずっと1番乗りたいの、スカイラインなんだよな…
お父さん、スカイラインの命名コンペに応募してたくらい
スカイラインのシルエットが好きなんだ
だから、スカイラインがいいな」

と言った。

父はいま、ボロボロの軽に乗っている。

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すいません、過去絵再使用。(ちょうど良いのがなく


by loopmark1210 | 2019-01-26 03:42 | 日常記
素敵な諦め
先日、久々に友達に会った
LINEを結構してるので、最近も会った気でいたら、
意外にも結構日が経っていた

雪がしんしん降って
それが津軽特有の濡れ雪で
細かくて
友達がずっと行ってみたかったという
初老のご夫婦が経営されてる喫茶店の窓から
それを眺めて
「せっかく来たから
いろんなとこ行ってみたかったけど
もうなんだかいいよね」って
ずっとその喫茶店にいた
ブレンドのあとは
ウィンナーコーヒーを頼んで

素敵な諦めである

なんかさ
津軽を歩いていたとき
必ず相棒の傘を欠かさず持っていた
車がなくて基本徒歩だったから
お気に入りの薄桃色の
曲線に安いながらも気高さを感じさせてくれた傘は
雪氷のために転ばぬ先の杖
の役割も
長年しっかりしてくれていた

その相棒のことを
その日喫茶店から出て
濡れ雪に濡れに濡れて歩いて
思い出した
感覚すら忘れていた

素敵な諦めである


友達が
「わたしはこの街が好きだよ」
とコーヒーカップを両手で包みながら
言った

「わたしは好きとははっきり言えない」
と言った

そしてその理由をいくつか並べて
素直に好きって言える人が羨ましいよ
なんてことまで
言ってみせた

稚拙すぎる皮肉だなぁ
と、内心
自己演出が過ぎる
まったく
恥ずかしい
と、内心

友達は
そんなことわかってるようだった
そっかぁ、とだけ
言った


ああ


包まれている気がした
喫茶店まるごと
友達と二人まるごと

それを包んでいるのが
あの細かに濡らす雪だということも

もう完全にそれは
わたしの負け
なのである

穏やかな敗北

素敵な諦めは
温みがあり

わたしはそれが
ずっと昔から
好きだったのだ

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by loopmark1210 | 2019-01-22 22:51 | 日常記
また今年も描き書き綴ります。
言葉、てのは難しいな
とずっと思っていて、慎重に慎重に
言葉を選んで来た気がする。

このブログの過去を見ても
どんだけ見えない人に気を遣っていたのだろうと
自分のブログなのに
と思う、なぁ


だって人って変わるものなので、
過去の自分がいまの自分と
同一人物だなんて言えない訳で
それは細胞レベルで実際そうなわけで

でも言葉には責任が伴うのだ
それが怖かった

テレビ出る人はすごいなあと思っていた
ちゃんと責任持って話してるんだもんなぁと
5年、10年、変わらない主張を話してるんだもんなぁと

でもそんなこともなかった
昼のワイドショーで
コメンテーターやってる壮年のタレントさん
過去に過ちを犯して叩かれたのに
同じ境遇に陥ってる人を
その当時の周囲の人のように叱咤していて

そかそか
人は変わるんだ
そして同様に
忘れるんだ

と思いました。


若い時は言葉を使えない
使いたくても、うまく使えない
表現できなくてもどかしくて
そのあたりに
青春の正体なんぞは
あるのかもしれない

でも少し歳を取ると
ちょっと言葉、使ってみようかな、なんて
ふわっと得意げになっちゃうときがやってくる
経験も重ねて

言葉が不得手だから、お絵描きしてたはずなのに
言葉を書いてる
この頃です。


今年もたくさん描きますよ!


さて、どうも、年が明けました。
今年もよろしくお願いいたします。

イノシシガールのご挨拶、とても描きたかったのです。
毎年干支ガール描いてたので(今年喪中ゆえ
でも、イノシシ好きなので、きっとどこかで描くでしょう!

新年早々、東奥日報さんにテラヤマ・キッズ取り上げていただきました。
質問されると、的確な言葉を探すので、言葉の鍛錬になるなと思いました。
寺山修司が「質問」というテーマでいろんなことを答えているんですが、あれ、言葉の筋トレも兼ねていたのかなぁ、なんて。


こちらのブログでは絵の更新と
SNSじゃなくて、ながーく書きたいなってなったとき
例えばこんな真夜中なんかに
(そうです、正月恒例夜昼逆転現象です)

ふわっと更新します。
ふわっ が好きなのです。

たまにこちらも見に来てくださいね。

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笑えんくらいの寒波が襲来した年末年始でした。
ひーーー



by loopmark1210 | 2019-01-07 02:30 | 日常記
メリークリスマス 2018
今年は少し大人っぽく…
ジュエリー広告なイメージです✨

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素敵なクリスマスを!🎄🎅

絵は描いてみたものの、
初めてクリスマスっぽいイベントを放棄してみました。
夕飯は豚肉巻きとお味噌汁。笑

クリスマスで浮いた分を
大晦日のオードブルに使うのだ

だから
少しは
大掃除なるものを
がんばろうかしら…

馬のよに
目の前にぶらさがった人参(オードブル)
追いかけて…



by loopmark1210 | 2018-12-24 22:16 | イラストレーション
10周年!
10周年というやつらしいです。

2008年の11/14からスタートした個展があって、
前日の搬入だった13日を、一応活動スタートの日としています。
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母の誕生日なのです。

ひえ、10周年だって。
つまりは11年。

よく続いたねーと思いつつ、
小さい頃の絵を描く日常をずっと続けていたんだから、まぁそうだろな、と思うこともある。

そして、漫画は20のときにすっぱり諦めたのに、
今また漫画を描く楽しさに夢中になっていて。
不思議です。

あまり自分の中で「これだ!」と決めすぎないのが
いいかもしれない。


で、10周年の当日は
特になにも予定してなかったんですが、
あー少しはなにかした方がいいのかもしれないと、急遽焦り、
妹とカフェでお茶をしてきました。
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なんだか歳を取ると、イベントごとがどうでもよくなる。
イベントよりもしたいことがあって、
そっちを優先しているのに、
いざ世間のイベントの日になってなにもないと
妙な手持ち無沙汰感…

これはこれからの季節注意ですね。
やはりクリスマスケーキくらいは
準備した方がいいなぁ…
でもなぁ、あんま興味ないんだよなぁ…

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とか言って今日はステキな女性に、
上等握り、ご馳走してもらったんですよね!
ぐっふっふ!
これからも頑張ります!


by loopmark1210 | 2018-11-16 23:06 | 日常記
寮母力
兄がなんでか、このところずっといる

なんでも仕事の関係で
うちの近所に短期間出向になり、
そこは兄の住居からとても遠いので
ならば居候してしまえと、来たらしい

ふらっと寅さんのように来て
ずっといる
しかも、夫とは趣味が一緒なので、
自分の家にいるより楽しそうである。

問題はわたしである
わたしの家でのルールが乱される
大いに

作家ものの食器を電子レンジにかけようとする
愛用のお茶がみるみる減っていく
旅先で買ったマヌカハニーがいつのまにか瓶ごと無くなっていた(高かったのをちびちび食べていたのに…ほんとに泣いた)
わたしのお昼に食べる納豆がなぜだろう無くなっている

あれ、食べ物に関することばかりではないか

イラつきを募らせながら
早く帰れとっとと帰れ
なんでまだいるんだ、今日もなのかなんでだなんでだ
と、
スルーされる定めの罵声を爽やかに浴びせながら

同時に
わたしは寮母のような役割が好きだな
と認識する

たくさんのご飯を用意するのは好きだ
食べさせてやるのが好きだ

それはお金掛けて栄養士を学ばせてもらったことを発揮できるからというのと(レシピとカロリー以外はほぼ忘却の彼方)
なんだかやはり
わたしは実家的なものが好きなのだろう


土地から逃げたくて逃げたけれど
家族を恨んだことはなかった
家族を苦しめる奴を恨んだけれど(家族のやり方が悪かったとしても)
そいつが住んでるあの土地を恨んだけれど
家族を恨んだことはなかった

そこだけがわたしの
唯一の取り柄なんではないかと
そう思う

なので、今日も
仕方なく
寮母力を発揮しますよ

ところで
寮母力という表現は
大げさだよね

夕飯は
小松菜とひき肉の炒め物



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お昼に一人贅沢に
ここぞとばかり
ほたてチャウダーを食べてやった(しじみちゃん本舗さんの)




by loopmark1210 | 2018-11-07 17:18 | 日常記
擬似的な空気感の経験
故・九條さん(寺山修司元夫人、プロデューサー)の回想記を読んでいた。

記念館と関わるようになって、9年くらいだろうか。

記念館はほんとにスタッフが少ないので、お手伝いをよくする。
で、なぜかこの地方に、記念館は演劇を持ち込み続けている。年に1、2回。

演劇と縁遠いこの場所で観劇できるのは、本当に感激(シャレ)なんだけれど、
どうしてこうも、大きな規模で持ってくるのだろうと思っていた。

演劇祭の前日になると、生前の寺山修司と関わった人たち(天井棧敷関係者)がたくさん町に入ってくる。
その中心にいるのは九條さんで、
その集団は、やはりうっすら寺山修司の世界を見聞きしてるだけのわたしでも、錚々たる印象なのである。
うおー 本に載ってた人たちや!
なのである。

で、臆病なわたしは隅っこにいて、雑用のお手伝いをしている。
受付とか誘導とか、そういう方々と直接関わらない場所。

注意書きすると、
関係者の方々は気さくな方たちばかりなのだ。
でも、どうしても当時のわたしは、
自分から距離を置いてしまいがちだった(もったいない


いま回想記を読んで、ハッとするのは、
真ん中から終わりまでが、演劇のことばかりなのだけれど、
その当時の現場みたいなものが、
わたしがなんとなくお手伝いしながら見ていた光景と近いのではないか、ということだった。

もちろん、昔の方がずっと慌ただしかったろうし、切羽詰まっていただろうし、若く挑戦的だったろうし、、
でもなんだか、
「皆んなで続けていく、次から次へと、演劇を町に持ち込むのだ」
という、変わらない心、感覚、共通意識が、
わたしが見た光景にも確かに漂っていたように思うのだ。

それはもう、いま思い返すと
九條さんの晩年にあたる。

九條さんの訃報は突然で、わたしが宇野さんのオブジェを三沢で設置してるときだった。
亡くなった時間帯に、お天気雨、突然の大雨が降って、
あれはお別れをしに来たのかもしれないね
と、あのあと皆んなで話した

でも、あの時期に亡くなるなんてことは少なくともわたしは感じ取っていなくて(そんな近くなかったというのとあるけれど)、
まだまだ、こなすべき予定が入っていたはずである。

だから、晩年という言葉は合わないのかもしれない。
続いていく、というイメージばかりだったから。

亡くなる直前くらいに、
やっと顔を覚えていただいて、何度か交流をさせていただいた。
わたしみたいな若い奴にも、距離を置いていた時間を後悔するほどに、近しく話しかけてくださった。
ああ、もっと好きだと、近づいてお話をするべきだった。

テラヤマ・キッズを褒めてくださった。
あなたは、人をキャラクターに落とし込むセンスがあるのかもしれないわね、と(この話し方がまたかっこよかったの、すごくよく覚えてる)

黄色い我が家の車に乗って、
初めて買った車は黄色い車だったのよ、
黄色い車大好き
とおっしゃっていた。

かっこよく可愛いらしい、なんてステキな方だろうと、ドキドキした。
母より上の年齢の女性に、ドキドキした。

けれど、いま思えば、
時たまお見せになるしんどそうな疲れた表情は、お身体の状態を表していたのだ。


今週末、この町にまた新しい演劇がやってくる。
わたしは劇団員でもなく、単なるお手伝いなのだけれど、
あの空気感がとても好きだ。
この地であの空気に触れられること。

続いているのだと感じられること。

なんならお二人も、いらっしゃるかもしれないな。

この経験をありがたく思います。



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by loopmark1210 | 2018-11-02 00:15 | 日常記
肩を痛めた
四十肩というのか五十肩というのか
ちょっとその年齢には早いんだけれど
まぁそういうものになった

どうにもこのところ虚無っ風が吹いて
なんだかなぁと過ごしていたら
習慣ラジオのパーソナリティーも
妹も
心の調子を崩していて、まいったねと話していて
そういう時期なのかなぁと
仲間の一体感に浸る

でも、これは思考的な受け止め方で
もしわたしにもう少し主観的に情緒に浸る才があったら
これを作品にできるかもしれないのにな
でも、そこに浸るのは
とても辛い感覚だけの請負であると思う
それは無理だなぁ、嫌だなぁ
だから、わたしは
綺麗な人の絵しか描けないのである

昨日、痛めた肩が夜に悪化して
夜中に旦那氏を声で叩き起し、
身の回りのことをしてもらう
とにかく体が火照って熱い
熱いけど、痛いのでふとんを剥ぐこともできない
窓を開けてもらい、
薄いタオルケットに変えてもらう、などなど
もう介護じゃん、と我ながら引いた

同じ仕草を祖母がしていた
全然遠くない最近のこと
夜中に起こされた兄が少し苛立ちながら上体を起こしてやる
祖母は痛がりながらも絶妙な体勢に硬ばらせて
世話を受けている
その風景が
昨日は見事な主観として自分に起きた

祖母は入院した病院で
熱い熱いと言っていた
元から暑がりなので、ふとんと皮膚の接触がよほど暑かったのだと思われる。

でも、なんにもしようとわたしはしなかった
病院の規則もあるし、
支給されるもの以外は祖母だけ特例でなにかやってもらうわけにいかなかった
とりわけ祖母はわがままだったし
という変な正義感だった

うむ、でもこれは確かに
寝てばかりは
火照って非常に
熱いよね

もう少しなんとかできなかったものか
だけれども、
なにもしようとしなかった

申し訳ないな、と思った
想像力でなにかをしていくことが祖母への餞になると思いながら
想像力で祖母の背に保冷剤を仕込むことすら実行できなかった

想像力のひとつも
その現実において持ち合わせようとしなかった

祖母の風景における自分
を見つめて
諦めに似た感覚に浸りながら寝た

今日はいくらか楽になりけむ

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by loopmark1210 | 2018-10-03 17:41 | 日常記