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ニガウリフラッシュバック
ひとっていくらでも記憶を作り変えられるものなのだな
ひとっていくらでも記憶を作り変えられるものなのだな

大事なので二回書いた

映画「書を捨てよ町へ出よう」を見た記憶は完全に無くしたと思っていて、
本当に見たのだろうか、くらいになっていて
今回のマームとジプシーさんの三沢市公演も
「わーい、初見な感じで観れる〜♪」
と、お気楽わっしょいモードだったのだけど、

見てる間に
ゴジゴジと、缶詰の蓋をこじ開けられ、
封印していた記憶がポトリポトリとこぼれ始め、

うっわ まじか
やめて
と、小さく戸惑い始めたのだった。

それから
一気にフラッシュバックして
わたくしがなにを見たかというと
青森市の冬の狭い
ヒーターの油臭い臭いがする自室で
暗がりの中
パソコンでDVDの「書捨て」を張り付くように見ている自分の姿であった。

すごい猫背で、何回も
エイメイさんの冒頭シーンを繰り返し眺めている。
で、小さい声で

俺の名前は 俺の名前は!

って、冒頭の一連のセリフを一緒に重ねている。

おいおい
わたし、暗唱できたんじゃないか

幕間から動揺している

そうだった 
そうだった
この頃のわたしは、逃げたくて仕方がなかった

誰でもいいから
ここを連れ出してほしい
ここから逃げたい
この部屋から 
町から
出たい

軒先の
日に日に巨大になっていくつららが恐ろしかった

でも、そんな連れ出してくれる人なんて
出てくるわけもないから
言葉に頼るしかなかった

寺山修司の本を読んで、言葉を頼りに
家出をしようと決め込んだ

頼りにするように
家出の前段階の下見のように
恐山へ行き、記念館へ行った
南部むつなんてほぼ行ったことがないのに

それから
失業保険で東京行き実験を何度かするんだけど、
なんだか
不思議な別れと出会いの渦に巻き込まれて
いまこうしてここにいる。
ここに逃げてきた。

どうして封印してたのだろうな
どうして忘れきったのだろうな
それも見事に

青い苦い頃
ニガウリの頃

でも、あの舞台を見て、
同じように感じた人は
わたしだけじゃなかったはず
と思う

苦く苦く苦い
贅沢とも言える苦い時間

エイメイさんが出ていたから
それがよかった


そのあと、DVD「田園に死す」を見直していたのだけれど、
これもまた結構忘れていて、
かつ、自分の目線が変わっているのがはっきりとわかり、やはり驚いた。

家出のビフォアアフターで
寺山修司の作品というのは
受け取り方が変わる
そう感じている。

家出前の窒息しそうな閉塞感
家出後の他人としての視線、客観、そして脚色

では、家出ってなんなのだろう


寺山修司は、言葉はいつも近しいのだけど
映像や演劇はじつは触れるのが少し怖い
カサブタを剥がすようにヒリヒリする

言葉は選び取ることができるけれど
ニガウリのフラッシュバックは
予測できないからだ。

でも
それが原点なのかもしれないと
いまは思っている。


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勝手にテラヤマ・キッズコラボ! withエイメイさん

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by loopmark1210 | 2018-11-06 12:17 | 日常記 | Comments(0)
わかりたいけど、わからない
虚無虚無言ってましたが
だんだんと忙しくなってきました。
お勉強しなければならないことがたくさん

過去の作品に触れ
どうしてこんなの作ろうと思ったんだろうと
いろいろ検証したり
想像したり、
その方についての評論書いてるものを読んでたりするけれど、

自分のことさえよくわからないんだから
他人のことがわかるわけないよなぁ

と、つくづく思います。

結構読んだところで
わからないことばっかりです、わたしの場合
(しかも結構すぐ忘れる…


ただ、どっか感じ取ることで
検証することで
その人の要素を自分のものに
一部にしたいんだろうなぁ
と思います。


学者のことは信じるな
と、作ることに人生をかけてる方が言うのをよく聞きます。
学者は一番そういうものから遠いんだから
と。
作る方は権威的な面とは遠い方も多いので、
わかってたまるか、
みたいな感じもあるんだと思います。
うーん、わかるような。笑


誰も自分のこと語って欲しくないもんな
自分のことは自分でもよくわからないけど
せめて自分がよくわかってる方ではある
と、言いたいもんね。

でも、語られたら語られたで
きっと嬉しいところもあるよね。笑


わかりたいけど、わからない
わからないから、わかりたい
奇妙な堂々めぐり
らせんのような
それを楽しむこと


あ、らせんと言えば
らせん堂がリニューアルしましたよ!
さくら野近くだから、電車でもバスでも徒歩でも車でも
立地いいですよ!

三浦さんがそわそわしてました。笑

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by loopmark1210 | 2018-10-18 17:35 | 日常記 | Comments(0)
言葉という軸
またも、夜中にブログを書きたくなっている。
ここは落ち着いて、自分を静観できる場所なのかもしれない。
東京行き、やめた。
群馬は年内行くかもしれない、群馬好きなので
東京はしばらくいいかなぁ
呼んでないしな、呼ばれてる気も一切しないしな笑

もう少し、媒体を使ってみようと思った。
昔々の作家たちは、東京で知り合ってサロンとかやってましたが、
でも文芸同人の結社を作って、
同人誌を通して作品発表していたのだよねぇ

そして、
現代のコミケっていうのも
同人誌、薄い本という物質の媒体ありき、なのは間違いなく

場所に期待するのはやめた
媒体に期待する
というか、期待すらも
もうこの頃はいいかなぁと、描けてるんであれば

ただ、この頃言葉というものを意識してから
妙に心の収まりがいい
つなげていきたいのは、絵それ自体でなく
絵というイメージで包容された言葉なのかもしれないなぁ
そして、言葉を磨いてきた人たちを
大事に思っていきたい

今月新しく始まることもそれを軸に置いて
で、自分自身のこともそれを軸に
していきたいなぁあ
活動10周年にして
やっと軸的なものが見えて来たかな


時間かかりすぎなんじゃ〜〜〜〜〜い

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抱きしめた心のコスモ

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by loopmark1210 | 2018-10-12 03:12 | 日常記 | Comments(0)
台風がすぐ横を通っている
情報の取捨選択について書いたけども
そもそも
情報というのが煩わしいと最近感じる
ようにまでなってきた

夜眠る
起きて、スマホのSNSアプリを
なにか反応が起きてるだろうかとうっすら期待して開く
けども
なんにも起きていない
そこまでのことはしていないのだから
当然といえば当然なのだけれど
まぁなんにもしていないわけでは
ないのだけど

自分が思う以上には
絵を好きな人間なんてそういないんだろう
自分が思う以上には
詩を好きな人間なんてそういないんだろう
世の中の流布の量を見れば
それはわかる

人にやってくれと言われてもいないことを
一体なんで続けるのか
しんどい日は気候の乱れとともにやってきた

悲しいことに
こんなときは絵でなくて
言葉の方がしっくり来るんだな

絵は
イメージは
言葉ののちに派生するものなのだな、自分の場合は
とつくづく感じる


まぁこんな虚無っ風も次期に収まって
なんてことなくまた社会システムに収まる自分に安心するんだろうけど
この感覚と感情は
そこに属する前の
小さい頃から持っていた
それがまたにょろにょろと
表に出てきた
大人になったのだからと蓋をしていただけだ
ずいぶん心もとないゆるい蓋だった

開閉が自由にできるようになったのだと思えば
まぁいいのかもしれない
蓋をし続ける方が辛いのだと、あさみちゃんも言っていた
そっちの方が
フリをするよりは自分らしいよ

それだって
人にやってくれなんて言われてもいないことだけど


台風が過ぎていくなぁ
たぶん青空やってくる
ちょっと今日は

しんどいなぁ

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by loopmark1210 | 2018-10-01 07:33 | 日常記 | Comments(0)
情報の呼吸
前に、書く話す描く作るなどの行為は
引き出しを一方的にすり減らす行為なのかもしれない
と書いた(確か

で、それが続き、大いにすり減ったところで
今度は引き出しを増やす(吸収する)行為
というのが大事なんだと思う
みたいなことも書いた気がする(確か

で、この吸収なんだけれど、
望んでなにかに自発的に触れに行くのが健全だとして、
逆に思いがけず、思いがけないものを吸収していて
すり減ったところに毒を吸引していた
ということもあるのだと
最近思った。

今日、無事、朝ドラが終わったらしくて、
大いにホッとしている。
朝ドラは昔からわたしの、家族の日課で、
どうしても日常に入ってくる

しかし、◯んでくれ、と叫ぶヒロインは
わたしはもうダメだった
ヒロインをダメな奴、と思ったところもあったけど、
まぁそれはよくて、
どうしても気持ちが引っ張られるわけにいかない時期だった
普段よりズドーンと下がる時期だと
自覚していたからだ

だから、本腰入れて今作は避けた(それでも日課というのは恐ろしく自然に入ってきてしまうんだけど

(結構朝ドラヒロインとは、手を取り合ってがんばろう
な日課だったので、
予想外のことでした)

前のツイッターアカウントで、
RTで入ってくる情報に知らず知らずのうちに
すり減っていることに気づき、今のアカウントを取り直した。
自分ではどうにもできない情報が
次々と入ってきて、
無関心ではいれない、けれども、自分ではどうにもできないスケールのことである
せいぜい祈るくらいでしか、
そんなツイートをザーッと眺めて、
はぁ、と一息つき、
知ることが唯一の慰めになるはず、なんぞと誤解し、
一日の気合や活力が大いに奪われていることに気づいたのは、かなり経ってからだった。

情報の吸収の調整
これは、こうしたことが弱い人には
かなり大事なことだと思う

見なくていい知らなくていい
この社会では、いやでも情報は
生きてるだけで大量に入ってくる


先日、カッコいいと思ってるわたしの友達(女)が
遠くから遊びにきて、
わたしは嬉しくて、尻尾を振る子犬のようにきゃんきゃんきゃんきゃん、どこ行くどこ行く
とハイテンションだったんだけれど、

なんとなく入ったカフェで
奥に座っていたご婦人方が
大きな声でなにやらちょっと苦手な話をしている

キンキン甲高くて、いやでも耳に入ってくる
良くない言霊みたいなもの
朝ドラの◯んでくれ、みたいなもの

ああ、楽しいはずの貴重な時間なのにまただ…
と、次第に頭痛までキンキン起きてきて、
友達に小さな声で
しんどい、友達は大丈夫か
と聞いたら

「全然気にならなかった。声はうるさいけど」
とけろりと言う。

なんでそう無心になれるの、すごい
と言うと

「無心になると逆に耳に入ってくるからね。
別なことに集中するの。
さっちゃんとの会話とか。
そうすると全然聞こえない」

か、か、かっけ〜〜
やはりこの人かっこいい
友達はスルースキルがかなり高い
拒否能力防衛能力、良い意味での無関心
けれど、自身の仕事については
ちゃんと人に思いやりを届けている

その友達はある程度仕事が落ち着くと
近場でも、必ず旅行に行く
そうして、すり減った分の吸収をしに行ってるらしい
毒的要素は持ち前の拒絶バリアで気にしない
それが無意識下で出来ている

自分自身を周囲から守れるのは
とてもかっこいい


わたしはまだ
入ってくる情報を
取捨選択する過程を作っている
それが自然にできるように
なるかねぇ、なるだろかねぇ

なんねばまいねな

自身の引き出しは良いものを出したいし
良いものを吸収していたい

上等な深呼吸
それが近いところでの憧れだなぁと
思いました。

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大雨の寺山修司記念館に
新しい展示を見に行った
大雨ってのが逆に良かった






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by loopmark1210 | 2018-09-29 14:32 | 日常記 | Comments(0)
詩人への私的な目線考
詩人て苦手だなぁと思う
感傷的だし、繊細だし、
接するのが少し気を遣うし、
なんでこっちばかりが気を遣わねばならんのだと損な気になるし、
実際過去にトラブルが起きたし、
思い出す度に
気をつけよう気をつけようと思うし、
大体詩なんてものは、
客観的に完結させる小説に対して、
その瞬時の気持ちを放りっぱなしでとてもずるいと思うし、
折り合いもつかないし、
終着点がないし、

けれども
けれども

やはりわたしは
詩がとてつもなく好きだ
どうにもそうらしい

真空パック
瞬間冷凍
の言葉たち
よくぞよくぞ
保存してくださった

100年200年の時を経て
ページを開いても
香り立つ匂い
見える風景

よくぞよくぞ
保存してくださった
と思う


狂気の向こう側なんて
うっすら魅了されたりはするけれど
追おうなんて絶対思わないだろう

でも、
実は境目のない正気と狂気において
あえて狂気側を見つめ、言葉に換えた詩人たちを
なぜか無責任に
愛おしく思う

ざらっと整理した本棚を眺めたら
詩集ばっかりなのである。

それでちゃんとその先人たちの
境遇を想像していて
あまり得ではない、不器用な生き方の中で
精製させられた言葉たちに
ちゃんと心を共鳴させたりしている。

でも、悲しいことに
同時代に生まれていたら
わたしはやはり
白い目を向けていた人間なのだ
どこか変質的な彼らの行動を
どこか面倒くさく思っていただろう人間なのだ
現にさっきまでそうだった


言葉の恩恵を受けられる時代に生まれたのは
単に運が良かっただけなのかもしれない

いつだって詩人は
そうした境遇の中にあって、
だからこそ
無意識下で必要とされ
詩は生まれるのかもしれない

そして、それがわかるのは
100年の時間を
要するのかもしれない

100年経ったら返っておいで
100年経ったらその意味わかる


でも、どうせ現代に生きてるんだからさ
現代のうちに、
少しだけその目を
眼差しに変えたい


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萩原朔太郎を読みながら
そう思った











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by loopmark1210 | 2018-09-28 00:59 | 日常記 | Comments(0)
古民家にてイベント
お友達主催のフード&ハンドメイドイベントのお手伝いをしてきました。

自分のポストカードの販売もしましたが、
完全に飲食ブースにて、
ドリンク担当大臣の責務を果たしておりました。笑

もう冷たいドリンクは任せてもらっていいレベルです。


たまに、こうしたお手伝いを通して
最低限の社会的スキルを身につけておきたいと思っております。(元々全然できなかった人間なので)
別人格な感じで、かなり気分転換にもなるのです。
自家製シロップの冷たいドリンクいかがですか〜!♪と叫んじゃったりして。笑102.png

場所が江戸後期に建てられた文化財の古民家で、
きゃー田園に死すの世界!
と、事前に写真見てワクワクしてたのですが、

行ってみたら自分たちは外のブースでした。笑(そりゃそうだ
熱中症を覚悟するくらい良い天気でした。

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この時計の寺山修司感。
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なかなかの盛況ぶりだったようです。

お友達、頑張ってるなぁ

接客の配慮や気遣いはしっかりできるのに、
でもどこか良い意味でドライで、一匹狼みたいで
そこがたまらなく一緒にいて
いいな
と思う

かっけー女なのです。

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友達のスマホで撮った写真、一眼レフみたい。すごい。



















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by loopmark1210 | 2018-09-25 01:41 | 日常記 | Comments(0)
夜中に音楽をやってる友人と話したことなど
先日、東京で音楽をやってる友人と久々に
電話で話す機会があった。

彼女が言うには、上京はしたものの、
東京での活動に疑問を感じ始めている、というのである。
ものすごく積極的に活動している風に見えていたので、
意外な発言だった。

音楽のジャンルとしては、売れたら良いというものでもなく、
とにかくライブをして、お客を増やし、認めてもらわないといけない。
しかし、東京にいると生活もしていかないといけない。
そこに難しさを感じているらしかった。

しかもだよ、と彼女は付け足した。
「都会より地方にいる方が、いまはプロのミュージシャンと関われるんだよね」

あ、そうかも、と思った。
わたしは地方にいるけど、東京だと一流のライブハウスで高めのチケットを出すミュージシャンを
その半額くらいで見ている。
地方を回ってくださるのだ。

この傾向は、最近特に強く感じる。
都会の箱が高いのか、そこでやり続けるよりは地方ファンを獲得した方がいいのか
よくわからないんだけれど、
とにかくすごいメンツが普通にやってくるので、驚く。
(この前なんて近所で日野皓正さんと大西順子さんを堪能してきたよ)
しかも、終わったあと、普通に横のテーブルにいたりする。

とある有名ミュージシャンが、となりの市に住んでいた。
あまりに身近で、しょっちゅうライブに足を運び、聞いていたので、そのありがたみにはっきり気付いていなかったのだけれど、
この前
「この人はほんとにもう伝説なんだよ」
とプロのミュージシャンが感嘆を込めて言っていた。

はー…本当にそうなんだ、
自分は幸運だったのだな、と思う。(耳が養われた気は、実はすごくする)

ミュージシャンは特に、生のセッションだけに
インスピレーションを受ける環境を大事にするのかもしれない
地方を回る理由のひとつも、それかもしれない。

でも、東京ではやはり高いライブハウスに行かないと会えもしないから、
距離的に近いのに、関わろうと思うととても遠いらしい。
不思議なことだ…と思う。

話は変わって、
コンペってものにいよいよ疑問が湧いて来た。
前進的でいたいために、また、ためになると信じて、コンペは出してきたのだが、
傾向を見ていると永遠に入賞することなんてなさそう、と思ってしまう。

そして、なにより手間、時間とお金がかかってくるのだ。

(以下、多少愚痴)
サイズは大きめが基準なので、いつも描かない、スキャンに入らない大きめのサイズで描く。
郵便局に出向き、参加費を郵便為替に変えて申込書と同封し、返送用の梱包材を仕入れて詰めて着払い票と一緒に郵送。

これだけで結構な手間と労力である。(スキャンできないから、綺麗にデータも取れないし。

なのに、結果はというと
紙一枚の、名前だけであることが多い。

どこをどうしたら、どう改善したら、というのは全く書かれて来ない。
お金と時間を掛けたけれど、はっきり言って前進的かというと気が滅入ることばかりで、疑問ばかり。
本当に見たのだろうか…という疑問までは
あまり考えたくない。

人気イラストレーターの中村さんはツイッターやツイキャスを駆使して、絵の技術をご教授してくださる。
ツイキャスにて絵を見ていただき、直接ご助言をいただいたこともある。(送信ボタン押す指が震えた

やはり描くことは心と通じているので、
中村先生の心にまで続くお話は聞いているだけで励みになり、モチベーションが上がり、ずいぶんずいぶん救われた。
会ったことないけれど、わたしにとっては恩師である。
そんなリスナーがたくさんいらっしゃって、心でつながった気持ちにもなる。

なんとこれは、無料である。

また、ネットではよく検索すると、絵の基本について詳細にまとめてるサイトがある。
漫画講座という形を取っているけれど、基本的なデッサン、構図、人体構成まで、かなりわかりやすくまとめている。
より深く知りたい場合は本を買えばいいんだけど、
そこまででない場合、これも無料である。

無料ということよりも、ネットである、
ということに着目する。

やはりわたしにはネットの方が、まだ距離が近いのである。
SNSは作品と声を受け取ることはもちろん、伝えることができる。
声に反応してくださり、DMやメッセージをくださる方も、中にはいらっしゃる(めちゃくちゃありがとうございます)。

お金や時間を掛ければ、物理的な距離は見事に縮まる。
東京にはもう3時間で行ける。

けれど、届けたいと思いながら、どこまでもどうしても遠いことが
あるんじゃないだろうか。

そして、
別の方法論が選択できる時代なんじゃないだろうか。

もうそう信じるしかないだろうな、とも思う。
10年も活動してるし笑

それは地方から東京に出てきて、活動しているけれど、
なんだかうまく近づけないと感じる前述の友人の感覚と、真逆でありながら近いのではないかなぁ

でも、方法があるはず
だって、彼女の音楽はピカイチだと思うし、
それはそれは熱烈なファンだっているのだから!


「とにかく続けるしかないよね」
で終わった。

続けることって、時たまかなりしんどくなることがあるけれど、
でも、どちらかというと得意なことかもしれないねと、
そんなことを話せる友人がいるのが、
一番有り難いことだなぁとも
思ったりする。


この友人と出会えたことは、掛けたお金と時間に感謝だな!
目に見える成果!😆
頑張りませう。


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お盆ドライブ
その友達の名前は、7/30の記事に出ています。笑













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by loopmark1210 | 2018-08-21 07:16 | 日常記 | Comments(0)
亡くなった祖母のこと
祖母が亡くなった。
不思議なことに、病院に駆けつけたし、葬儀もしたのに、
亡くなったという実感がない。

いまも作業していて
「この感じで行くと、いつ弘前(祖母の見舞い)に行けるかな」
と無意識に計算していて、ハッとした。

祖母は小説家であり、青森の地域文化に祖母なりに尽力した人だった。
小説家のキャリアでいうと、第56回の芥川賞の候補になっている。
受賞には至ってはいない。

唯一、三島由紀夫が推してくれたんだよ、パーティーで話をしたんだよ
瀬戸内寂聴を弘前案内したのはわたしだよ

と、にっこり笑って、
生前祖母は言っていたが、
わたしははいはい、と聞きながら
「でも、芥川賞取らなきゃ意味がないじゃないか」と冷たく思っていた。

祖母は小説家を「諦めた」人間なのだ。
自分は自身の活動において、そうはなるまい、そうとも思った。

でも、二年ほど前、それが全く違うと気づく出来事があった。
それは割愛するけれど、
そのとき、祖母は心から「本」という世界を、純粋に愛し、言葉を愛したのだと思った。

好きでい続けるということは
難しい。

かなり難しいことだと思うこともある。

祖母はなんでも読んだ。
月刊行の文学誌はもちろん、海外ミステリー、宗教学、又吉さんの火花も早々に読んだし、
宇宙学の本も読んでいた。
本の種類に差別をすることはなかった。

博学というわけでは決してない。
宇宙学だって、きっとほとんどはわからなかったんじゃないか。
ただ想いを馳せる才能が、なによりあったのだと思う。
そうして、
ベッドに横たわりながら、
祖母はどこでも行けたのだ。

宇宙にだって、飛んでいたのだ。

祖母は決して褒められる人ではなかった。
ダメなところも未成熟な面もたくさんあって、面倒な妹がもう一人いるようだと感じることも度々あった。

その分、本を愛する才能が誰よりあったのだろうと思う。


家族を見送るのは辛い。
20代前半で祖父と母を見送った。

少し年上の友達は
子どもがたくさんいて、ご両親もご健在。ばかりか、祖父母、ひいおばあさんまでご健在という。

見送ったことがないということは
どんな気持ちなんだろう。
少し皮肉を込めて思ってみる。

母とお出かけしている友達のSNSの投稿を見るたび、辛くなることも多かった。

でも、絵の活動を始めたのは
母の死がきっかけだった。
母が、個展を開いてね、と呪文をかけたからだった。


見送るからこそ気づくことが
絶対ある。
意地レベルでも言い切る。
言い切らなきゃいけない。

見送っただけ、つなげていかねばならないことが
きっとある

それがなんなのか
これからの時間をかけて
熟考していきたいと思います。


戦時中、本がなくて、
作り話を披露したところ、友人がとても喜んでくれたのが
祖母が話を作るのが好きになったきっかけだという。


本の扉を開けて
タイムリーパーみたいに
いろんな次元の世界を
自由に見て回ってください。


いつも東京に行く前には心細くて
祖母に会いに行った。
負けるなと言ってくれた。

自分たちは我慢しなければならなかった世代だから
あなたたちは好きなことをしなさい
そう言ってくれた。

ありがとう。
頑張ります。


かなり私的な日記ですが、ケジメとして、あえて記させてください。


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by loopmark1210 | 2018-07-18 17:34 | 日常記 | Comments(0)
春でえむんなメモリーオイル
ラフ案が珍しく湧いてくるのに
絵を描く時間が取れない

しんどさが出てきます、むむむ
日課も疎かになっているし、ぐぬぬ
(載せてる絵はストックしてるものなのですー

いかに描けてる時間と環境がありがたいか
です
描けてないとストレス溜まる〜


さて、
このブログではおなじみあさひちゃんから
新しいメモリーオイルが届いたのでした!

今回、すっごく可愛い子が来たのです。

楽しさを運んでくれるようなニュアンスを
お願いしたんですが、
まさにその感じで
楽しい子がやってきて
遊んでおくれよーとふわふわしてる感じ

案が浮かぶのはこのおかげかなぁ

あー早くこの子と遊んであげたいのだが
やはりやることはしっかりやらないとね

なんだかちょっと軸がブレててミスが起きる
でも、そのミスも
これに気づけってことだろうなぁと
感じる面もあったりして
素直に従ってみようかと

どうやら春だからってだけでは
なさそうな

そんな今日の感覚日記でした。


あさひちゃんのお店はこちらから
マイペースビューティ

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メモリーオイル擬人子ちゃん。


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by loopmark1210 | 2018-04-13 02:18 | 日常記 | Comments(0)