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山羊にひかれて
今日、クラフトイベントがあって、
久々に友達のブースのお手伝いをした

湖がキラキラ無数の十字に光っていて
桜が赤い蕾をぎゅっと膨らませ
「せーの!」で咲く合図を待っていて
風が少し冷たくそよいで
楽しそうに歩き回ってる人々を撫でて
たくさんのおしゃべり
たくさんの美味しいもの、素敵なもの
たくさんのしあわせ

わたしは相方女史とほどよく
広報をして回りながら
ブースを手伝いながら
楽しかった

そして、
少し寂しかった


この感覚は本当に久しぶりで
昔はしょっちゅうだったのだけど、
てっきり無くなってしまったと思っていたので
あ、まだいた
と、少し嬉しくなった。

この感覚を昔は
直さないと、直さないと
と思っていた
でも、いまはその必要性を感じないし
あの人々の中に、少なからず
自分と似た思いの人がいただろうと思うと
逆に愛おしくなる


しあわせな風景というのがある
それはどこか
寂しさを持ってる

それに浸ることを
生活は忘れさせる
させまいとする


だから、
それをじっくり感じる時間は
おそらくは自分にとって大事なのだろうし
詩人ならばそれを
詩情の言葉にするんだろう

多少上手くやれるようになった自分に対して
一抹の寂しさをもって
そんなことはないよ、
わたしはお前を
裏切ってはいない
お前はもっとまだ
わたしの近くにいるよ

と、囁く。



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山羊にひかれて

はー絵が描きたい
このところ、上手く描けない

尾形の亀さんの本を
まだ読み終えられないでいる

by loopmark1210 | 2019-04-21 23:49 | 日常記
手段について
とてもありがたい提案を受けて、先日打ち合わせしてきました。

わたしの絵を使ってですが、先人のためのことでもある、
といえば、なんとなく伝わるかなと。笑

実現がいつかはまだ未定なんだけれども、
これはわたしが当初「自分にこんなことができたらいいな」と思ったことに近いです。

上手く行きますように。

なんだか思うところがたくさんあって
考えを書いては、
消すことが続いています(下書き保存が溜まる。


でも、ま、それでいいかと
自分はとりあえず
置いておこう


先日、プロフェッショナルに
お尻筋トレの岡部友さんが出ていて
わたしはこの方の考え方が本当に好きなのですが
(考え方が先見的で、お尻だけでないんですよー!)

とあるインタビューで
「海外の大学に進学するときに、英語の習得が大変だったのでは?」
という質問を受けて

「英語を習得するのは手段でしかない」
と答えてるんですよね。

言葉が理解できないと、わたしのやりたいことは実現できない、
だからそのための努力は大変ではあったけど、苦ではなかったと。

岡部さんはまた、筋トレを通して、こころを鍛えて
最終的に理想のコミュニティを作りたい
という目標も持っていて
そのコミュニティ像がまた素晴らしい。

筋トレも英語も
その目標に向けての「手段」なのだなぁと感じました。

手段、目標、過程、結果

結果だけを求めていると本当に辛い
過程に感謝もしなくなる
自分ばかりになってしまう


わたしもなんとか
「手段」
身につけて行きたいなぁと思います。

岡部さん、歳も近いので本当に勇気付けられる存在。
わたしはお尻は鍛えておりませんが…笑

あ、でもチベット体操はずっと続けております!
(ヨガと筋トレ足したみたいなの)
それでも運動不足なので、結局反省…


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ネギ育つ春なり(ネギかこれ?






by loopmark1210 | 2019-04-18 11:54 | 日常記
同郷の友ありき
東京では、友に会って来ました。
同郷の友、彼女とは出会って10年以上になる。

美術館を回るのは、三時間でも足りないが
友と過ごす三時間は、良い距離で互いのことがわかる

たくましくなっていました
逞しく、漢字で書くといっそうたくましそう

彼女は以前、こちらが心配してしまうほど、儚く見えた。ガラスのように。
いつも必要以上のことを受け取って、具合が悪そうにしていた。辛そうに。

あの頃と比べると、全くもって頼もしくなったなぁというのは、
友に使う言葉としては妙なのだけど、
とにかく、ああ、よかった、と思うのだった。
同時にわたしも、励まされる。
いろんな可能性があるんだと
風雨にさらされても木は実をつけるのだと

わたしは、友から学ぶことが本当に多い。

この旅の前に、ずっと詩歌を読んでいて、
いいなぁ、朔太郎、室生犀星、北原白秋、みたいな関係
上昇していく 高め合う仲
けれどもそれぞれが独立し、
それでいて、互いを認め合い、尊重し、
いいなぁいいなぁ、
と思っていた。

室生君 。何と云つても私は君を愛する 。さうして萩原君を 。
とか書いてみたいなぁ、書かれたいなぁ、
いいなぁ、いいなぁ
いいなぁ、いいなぁ(くどい
なんて思っていた。

でも、なかなかに
わたしの友も素敵じゃないか
と思うんだ今は

友は謙遜するけれど
わたしはなかなかに
友の素敵なところ見つけるの上手いよ
とも思う

尊敬する友のほとんどが活動を始めてから出会った
自分に正直になってから出会った人たち
正直でいたら、正直が返ってくるだろか

そうであればいい
そうだったらいい

実直さと素朴さは
北国仕込

そして、
室生犀星の言うところの「良き人」に
わたしもなりたいと思うのであった。


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市ヶ谷を歩いた。
市ヶ谷は、三島事件の舞台以前に、中原中也も住んでたし、朔太郎も住んでたし、なんなら白秋大先生が投獄されてたという激アツエリア。
もちろん街にその面影は一切ないが、
なんだか、歩くだけで良かった
歩けて良かった



by loopmark1210 | 2019-03-06 03:14 | 日常記
またも一日東京へ
行って参りました。
月に二回も東京行けるなんて、大いに楽しめればいいものを
なかなかそうはいかない

いえ、楽しむ気はまんまんなのだけれど、
予想外に受ける街の圧、人の圧、音や匂いなどの環境の圧、
こういうのがどうしても、
ダメだ…
となるときがある。

予想できたら避けられるんですが、今回は予想できなかったこともありましたねー…
つくづく損な性分^^;


やはり人ごみは苦手だ
それがどんな性質か、予想できない
ねぶた祭りの人ごみとは違う

でも、ほどほどに人がいる東京の街を
ひたすら歩くのは好きだ
呼吸ができる
街と友達になれる距離

長時間の新幹線は苦手だ
軽いエコノミークラスになる
でも飛行機は怖い


どうにもこうにも
どうにもこうにも


でも、それでいいよな、きっと
いいような気がする
わたしみたいな人は
意外と多いのだと思う


それでも歩かねばならない地理ゆえに
渋谷のスクランブルの人ごみは形成される
新宿ダンジョンの人の大流は形成される

それだけなんだと思うんだ
要は交通の理由でしかない

そう思うと
人ごみが少しだけ愛しく感じる
苦手だけれども
ダメだ…となるときもあるのに
また入ってみたいと思う

そうしてわたしは
都会の街のことを
たまに考察して、
また、自分の町に戻る

今後もこの考察を
たまにしていくんだろうなぁ

不思議な関係だけど
この決して親しくならない距離が
一番良い人間関係にも似て
合ってるのかも、と
思ったりね

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市ヶ谷記念館いってきた




by loopmark1210 | 2019-03-02 01:10 | 旅の記録
その名は、パルサー
小学生の頃、父親が乗っていた車は
日産のパルサーだった
この車のことが
わたしは本当に好きだった

当時のわたしが街で見る車、イメージする車は
一筆書きで書けるようなカクカクした
ザ・クルマ

でも、パルサーとやらは
何かが違う
なんだろ、なにが違うんだろ
なだらかなんだよな、
ああいうのなんなのかな、と母に尋ねると

うーん、と唸ってから
さっちゃんが言いたいのは、りゅうせんけいってことなのかな
と答えた。
りゅうせんけい?
なんだろうその、音色のような空気感の言葉は
漢字を教えてもらう

流線形

詩みたい
ますます素敵だ

そうか、りゅうせんけい
うちのクルマは、どうやら流線形とやらなのだ
他のクルマとは一味違うのだ
得意げになり、
わたしは一層パルサーが好きになった

ブリタニカの電子辞書で「流線形」を調べてみた
関連検索で、アール・ヌーヴォーが出てきた
ルネ・ラリックや、エミール・ガレが出てきた
ウィリアム・モリスやミュシャなども
わやわやと

なんだこれなんだこれ
手の上で
めくるめく世界に眩暈を覚えた

思えば、こういう曲線芸術に虜になったきっかけは
パルサーだったのかもしれない

わたしにとって
パルサーへの感謝は大きい
今も素敵な車だと思う

父のパルサーが老朽化して、手放したとき
あれは中学くらいだったのか
いつかお金持ちになったら
わたしがパルサーまた乗せてあげるよ
と父に言った

父は意外そうに
あ、ありがとう…
と言った
それから

「でも、お父さんずっと1番乗りたいの、スカイラインなんだよな…
お父さん、スカイラインの命名コンペに応募してたくらい
スカイラインのシルエットが好きなんだ
だから、スカイラインがいいな」

と言った。

父はいま、ボロボロの軽に乗っている。

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すいません、過去絵再使用。(ちょうど良いのがなく


by loopmark1210 | 2019-01-26 03:42 | 日常記
140字サイクルの海
素敵な女の子が昔いて
ツイッターをフォローしていた

彼女の書くはかなげで美しい文章が好きだった

書くことはいつも悲しく寂しいことばかりだった

それは気のせいさ、そんな日もあるよ
なんて無責任に言ってあげたいときもあったけど
きっとそんなことが一番不快で傷つくだろうし、
どれだけそれが無用かは想像がつく
そんなこんなでいつも眺めてるだけだった

でも、当時のわたしはどこかでいつも思っていた
なぜあなたがそんなことばかり書くの
なぜそうしたものばかり
わたしの目に入ってこさせるの
寂しいのは
あなただけじゃないよ

寂しいツールだ
と、思った
新次元の共時性を持ち、どこまでも共有意識で広がっていきそうに見せて
140字の言葉たちはどこまでも
自己完結で孤独だった
そうした言葉が
手のひらの上で無数に流れていく

ああそうか
自己肯定の、彼女の詩集を
わたしは読んでいるに過ぎないんだ
そうだ、そういう読み方をしよう
共感しようなんて
やめよう

と思ったけれど、
なんだか疲れてしまって
前のアカウント
やめてしまったんだ


その子はもう書くのをやめていた


言葉が流れる
共有性に欠いた言葉が喧嘩を始めて
また過ぎていく
言葉
言葉
言葉


でも、どうしてそこにいるんだろう
どうしてそこに入っていくんだろう今日も
“お手隙”時間なんかに

あの場のエネルギーに
惹かれているからだろうか

悲しげなことを書いたあの子の
儚く光る蛍火のような言葉もまた
エネルギーのひとつに取り込まれて
高速で過ぎていくサイクルの海に
なんだかんだ
魅了されて

生活はこんなにも
侵食されている






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冬なのにこの子ったら初めて花を咲かそうとしているー!

やること多くて、師走でしょうか。

あー詩集よみたいなぁ













by loopmark1210 | 2018-12-21 00:45 | 日常記
ニガウリフラッシュバック
ひとっていくらでも記憶を作り変えられるものなのだな
ひとっていくらでも記憶を作り変えられるものなのだな

大事なので二回書いた

映画「書を捨てよ町へ出よう」を見た記憶は完全に無くしたと思っていて、
本当に見たのだろうか、くらいになっていて
今回のマームとジプシーさんの三沢市公演も
「わーい、初見な感じで観れる〜♪」
と、お気楽わっしょいモードだったのだけど、

見てる間に
ゴジゴジと、缶詰の蓋をこじ開けられ、
封印していた記憶がポトリポトリとこぼれ始め、

うっわ まじか
やめて
と、小さく戸惑い始めたのだった。

それから
一気にフラッシュバックして
わたくしがなにを見たかというと
青森市の冬の狭い
ヒーターの油臭い臭いがする自室で
暗がりの中
パソコンでDVDの「書捨て」を張り付くように見ている自分の姿であった。

すごい猫背で、何回も
エイメイさんの冒頭シーンを繰り返し眺めている。
で、小さい声で

俺の名前は 俺の名前は!

って、冒頭の一連のセリフを一緒に重ねている。

おいおい
わたし、暗唱できたんじゃないか

幕間から動揺している

そうだった 
そうだった
この頃のわたしは、逃げたくて仕方がなかった

誰でもいいから
ここを連れ出してほしい
ここから逃げたい
この部屋から 
町から
出たい

軒先の
日に日に巨大になっていくつららが恐ろしかった

でも、そんな連れ出してくれる人なんて
出てくるわけもないから
言葉に頼るしかなかった

寺山修司の本を読んで、言葉を頼りに
家出をしようと決め込んだ

頼りにするように
家出の前段階の下見のように
恐山へ行き、記念館へ行った
南部むつなんてほぼ行ったことがないのに

それから
失業保険で東京行き実験を何度かするんだけど、
なんだか
不思議な別れと出会いの渦に巻き込まれて
いまこうしてここにいる。
ここに逃げてきた。

どうして封印してたのだろうな
どうして忘れきったのだろうな
それも見事に

青い苦い頃
ニガウリの頃

でも、あの舞台を見て、
同じように感じた人は
わたしだけじゃなかったはず
と思う

苦く苦く苦い
贅沢とも言える苦い時間

エイメイさんが出ていたから
それがよかった


そのあと、DVD「田園に死す」を見直していたのだけれど、
これもまた結構忘れていて、
かつ、自分の目線が変わっているのがはっきりとわかり、やはり驚いた。

家出のビフォアアフターで
寺山修司の作品というのは
受け取り方が変わる
そう感じている。

家出前の窒息しそうな閉塞感
家出後の他人としての視線、客観、そして脚色

では、家出ってなんなのだろう


寺山修司は、言葉はいつも近しいのだけど
映像や演劇はじつは触れるのが少し怖い
カサブタを剥がすようにヒリヒリする

言葉は選び取ることができるけれど
ニガウリのフラッシュバックは
予測できないからだ。

でも
それが原点なのかもしれないと
いまは思っている。


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勝手にテラヤマ・キッズコラボ! withエイメイさん

by loopmark1210 | 2018-11-06 12:17 | 日常記
わかりたいけど、わからない
虚無虚無言ってましたが
だんだんと忙しくなってきました。
お勉強しなければならないことがたくさん

過去の作品に触れ
どうしてこんなの作ろうと思ったんだろうと
いろいろ検証したり
想像したり、
その方についての評論書いてるものを読んでたりするけれど、

自分のことさえよくわからないんだから
他人のことがわかるわけないよなぁ

と、つくづく思います。

結構読んだところで
わからないことばっかりです、わたしの場合
(しかも結構すぐ忘れる…


ただ、どっか感じ取ることで
検証することで
その人の要素を自分のものに
一部にしたいんだろうなぁ
と思います。


学者のことは信じるな
と、作ることに人生をかけてる方が言うのをよく聞きます。
学者は一番そういうものから遠いんだから
と。
作る方は権威的な面とは遠い方も多いので、
わかってたまるか、
みたいな感じもあるんだと思います。
うーん、わかるような。笑


誰も自分のこと語って欲しくないもんな
自分のことは自分でもよくわからないけど
せめて自分がよくわかってる方ではある
と、言いたいもんね。

でも、語られたら語られたで
きっと嬉しいところもあるよね。笑


わかりたいけど、わからない
わからないから、わかりたい
奇妙な堂々めぐり
らせんのような
それを楽しむこと


あ、らせんと言えば
らせん堂がリニューアルしましたよ!
さくら野近くだから、電車でもバスでも徒歩でも車でも
立地いいですよ!

三浦さんがそわそわしてました。笑

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by loopmark1210 | 2018-10-18 17:35 | 日常記
言葉という軸
またも、夜中にブログを書きたくなっている。
ここは落ち着いて、自分を静観できる場所なのかもしれない。
東京行き、やめた。
群馬は年内行くかもしれない、群馬好きなので
東京はしばらくいいかなぁ
呼んでないしな、呼ばれてる気も一切しないしな笑

もう少し、媒体を使ってみようと思った。
昔々の作家たちは、東京で知り合ってサロンとかやってましたが、
でも文芸同人の結社を作って、
同人誌を通して作品発表していたのだよねぇ

そして、
現代のコミケっていうのも
同人誌、薄い本という物質の媒体ありき、なのは間違いなく

場所に期待するのはやめた
媒体に期待する
というか、期待すらも
もうこの頃はいいかなぁと、描けてるんであれば

ただ、この頃言葉というものを意識してから
妙に心の収まりがいい
つなげていきたいのは、絵それ自体でなく
絵というイメージで包容された言葉なのかもしれないなぁ
そして、言葉を磨いてきた人たちを
大事に思っていきたい

今月新しく始まることもそれを軸に置いて
で、自分自身のこともそれを軸に
していきたいなぁあ
活動10周年にして
やっと軸的なものが見えて来たかな


時間かかりすぎなんじゃ〜〜〜〜〜い

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抱きしめた心のコスモ

by loopmark1210 | 2018-10-12 03:12 | 日常記
台風がすぐ横を通っている
情報の取捨選択について書いたけども
そもそも
情報というのが煩わしいと最近感じる
ようにまでなってきた

夜眠る
起きて、スマホのSNSアプリを
なにか反応が起きてるだろうかとうっすら期待して開く
けども
なんにも起きていない
そこまでのことはしていないのだから
当然といえば当然なのだけれど
まぁなんにもしていないわけでは
ないのだけど

自分が思う以上には
絵を好きな人間なんてそういないんだろう
自分が思う以上には
詩を好きな人間なんてそういないんだろう
世の中の流布の量を見れば
それはわかる

人にやってくれと言われてもいないことを
一体なんで続けるのか
しんどい日は気候の乱れとともにやってきた

悲しいことに
こんなときは絵でなくて
言葉の方がしっくり来るんだな

絵は
イメージは
言葉ののちに派生するものなのだな、自分の場合は
とつくづく感じる


まぁこんな虚無っ風も次期に収まって
なんてことなくまた社会システムに収まる自分に安心するんだろうけど
この感覚と感情は
そこに属する前の
小さい頃から持っていた
それがまたにょろにょろと
表に出てきた
大人になったのだからと蓋をしていただけだ
ずいぶん心もとないゆるい蓋だった

開閉が自由にできるようになったのだと思えば
まぁいいのかもしれない
蓋をし続ける方が辛いのだと、あさみちゃんも言っていた
そっちの方が
フリをするよりは自分らしいよ

それだって
人にやってくれなんて言われてもいないことだけど


台風が過ぎていくなぁ
たぶん青空やってくる
ちょっと今日は

しんどいなぁ

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by loopmark1210 | 2018-10-01 07:33 | 日常記