肩を痛めた
四十肩というのか五十肩というのか
ちょっとその年齢には早いんだけれど
まぁそういうものになった

どうにもこのところ虚無っ風が吹いて
なんだかなぁと過ごしていたら
習慣ラジオのパーソナリティーも
妹も
心の調子を崩していて、まいったねと話していて
そういう時期なのかなぁと
仲間の一体感に浸る

でも、これは思考的な受け止め方で
もしわたしにもう少し主観的に情緒に浸る才があったら
これを作品にできるかもしれないのにな
でも、そこに浸るのは
とても辛い感覚だけの請負であると思う
それは無理だなぁ、嫌だなぁ
だから、わたしは
綺麗な人の絵しか描けないのである

昨日、痛めた肩が夜に悪化して
夜中に旦那氏を声で叩き起し、
身の回りのことをしてもらう
とにかく体が火照って熱い
熱いけど、痛いのでふとんを剥ぐこともできない
窓を開けてもらい、
薄いタオルケットに変えてもらう、などなど
もう介護じゃん、と我ながら引いた

同じ仕草を祖母がしていた
全然遠くない最近のこと
夜中に起こされた兄が少し苛立ちながら上体を起こしてやる
祖母は痛がりながらも絶妙な体勢に硬ばらせて
世話を受けている
その風景が
昨日は見事な主観として自分に起きた

祖母は入院した病院で
熱い熱いと言っていた
元から暑がりなので、ふとんと皮膚の接触がよほど暑かったのだと思われる。

でも、なんにもしようとわたしはしなかった
病院の規則もあるし、
支給されるもの以外は祖母だけ特例でなにかやってもらうわけにいかなかった
とりわけ祖母はわがままだったし
という変な正義感だった

うむ、でもこれは確かに
寝てばかりは
火照って非常に
熱いよね

もう少しなんとかできなかったものか
だけれども、
なにもしようとしなかった

申し訳ないな、と思った
想像力でなにかをしていくことが祖母への餞になると思いながら
想像力で祖母の背に保冷剤を仕込むことすら実行できなかった

想像力のひとつも
その現実において持ち合わせようとしなかった

祖母の風景における自分
を見つめて
諦めに似た感覚に浸りながら寝た

今日はいくらか楽になりけむ

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# by loopmark1210 | 2018-10-03 17:41 | 日常記 | Comments(0)
台風がすぐ横を通っている
情報の取捨選択について書いたけども
そもそも
情報というのが煩わしいと最近感じる
ようにまでなってきた

夜眠る
起きて、スマホのSNSアプリを
なにか反応が起きてるだろうかとうっすら期待して開く
けども
なんにも起きていない
そこまでのことはしていないのだから
当然といえば当然なのだけれど
まぁなんにもしていないわけでは
ないのだけど

自分が思う以上には
絵を好きな人間なんてそういないんだろう
自分が思う以上には
詩を好きな人間なんてそういないんだろう
世の中の流布の量を見れば
それはわかる

人にやってくれと言われてもいないことを
一体なんで続けるのか
しんどい日は気候の乱れとともにやってきた

悲しいことに
こんなときは絵でなくて
言葉の方がしっくり来るんだな

絵は
イメージは
言葉ののちに派生するものなのだな、自分の場合は
とつくづく感じる


まぁこんな虚無っ風も次期に収まって
なんてことなくまた社会システムに収まる自分に安心するんだろうけど
この感覚と感情は
そこに属する前の
小さい頃から持っていた
それがまたにょろにょろと
表に出てきた
大人になったのだからと蓋をしていただけだ
ずいぶん心もとないゆるい蓋だった

開閉が自由にできるようになったのだと思えば
まぁいいのかもしれない
蓋をし続ける方が辛いのだと、あさみちゃんも言っていた
そっちの方が
フリをするよりは自分らしいよ

それだって
人にやってくれなんて言われてもいないことだけど


台風が過ぎていくなぁ
たぶん青空やってくる
ちょっと今日は

しんどいなぁ

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# by loopmark1210 | 2018-10-01 07:33 | 日常記 | Comments(0)
情報の呼吸
前に、書く話す描く作るなどの行為は
引き出しを一方的にすり減らす行為なのかもしれない
と書いた(確か

で、それが続き、大いにすり減ったところで
今度は引き出しを増やす(吸収する)行為
というのが大事なんだと思う
みたいなことも書いた気がする(確か

で、この吸収なんだけれど、
望んでなにかに自発的に触れに行くのが健全だとして、
逆に思いがけず、思いがけないものを吸収していて
すり減ったところに毒を吸引していた
ということもあるのだと
最近思った。

今日、無事、朝ドラが終わったらしくて、
大いにホッとしている。
朝ドラは昔からわたしの、家族の日課で、
どうしても日常に入ってくる

しかし、◯んでくれ、と叫ぶヒロインは
わたしはもうダメだった
ヒロインをダメな奴、と思ったところもあったけど、
まぁそれはよくて、
どうしても気持ちが引っ張られるわけにいかない時期だった
普段よりズドーンと下がる時期だと
自覚していたからだ

だから、本腰入れて今作は避けた(それでも日課というのは恐ろしく自然に入ってきてしまうんだけど

(結構朝ドラヒロインとは、手を取り合ってがんばろう
な日課だったので、
予想外のことでした)

前のツイッターアカウントで、
RTで入ってくる情報に知らず知らずのうちに
すり減っていることに気づき、今のアカウントを取り直した。
自分ではどうにもできない情報が
次々と入ってきて、
無関心ではいれない、けれども、自分ではどうにもできないスケールのことである
せいぜい祈るくらいでしか、
そんなツイートをザーッと眺めて、
はぁ、と一息つき、
知ることが唯一の慰めになるはず、なんぞと誤解し、
一日の気合や活力が大いに奪われていることに気づいたのは、かなり経ってからだった。

情報の吸収の調整
これは、こうしたことが弱い人には
かなり大事なことだと思う

見なくていい知らなくていい
この社会では、いやでも情報は
生きてるだけで大量に入ってくる


先日、カッコいいと思ってるわたしの友達(女)が
遠くから遊びにきて、
わたしは嬉しくて、尻尾を振る子犬のようにきゃんきゃんきゃんきゃん、どこ行くどこ行く
とハイテンションだったんだけれど、

なんとなく入ったカフェで
奥に座っていたご婦人方が
大きな声でなにやらちょっと苦手な話をしている

キンキン甲高くて、いやでも耳に入ってくる
良くない言霊みたいなもの
朝ドラの◯んでくれ、みたいなもの

ああ、楽しいはずの貴重な時間なのにまただ…
と、次第に頭痛までキンキン起きてきて、
友達に小さな声で
しんどい、友達は大丈夫か
と聞いたら

「全然気にならなかった。声はうるさいけど」
とけろりと言う。

なんでそう無心になれるの、すごい
と言うと

「無心になると逆に耳に入ってくるからね。
別なことに集中するの。
さっちゃんとの会話とか。
そうすると全然聞こえない」

か、か、かっけ〜〜
やはりこの人かっこいい
友達はスルースキルがかなり高い
拒否能力防衛能力、良い意味での無関心
けれど、自身の仕事については
ちゃんと人に思いやりを届けている

その友達はある程度仕事が落ち着くと
近場でも、必ず旅行に行く
そうして、すり減った分の吸収をしに行ってるらしい
毒的要素は持ち前の拒絶バリアで気にしない
それが無意識下で出来ている

自分自身を周囲から守れるのは
とてもかっこいい


わたしはまだ
入ってくる情報を
取捨選択する過程を作っている
それが自然にできるように
なるかねぇ、なるだろかねぇ

なんねばまいねな

自身の引き出しは良いものを出したいし
良いものを吸収していたい

上等な深呼吸
それが近いところでの憧れだなぁと
思いました。

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大雨の寺山修司記念館に
新しい展示を見に行った
大雨ってのが逆に良かった






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# by loopmark1210 | 2018-09-29 14:32 | 日常記 | Comments(0)
架空装丁第2弾、萩原朔太郎「猫町」

架空装丁第2弾、萩原朔太郎さんの「猫町」。


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カルタの裏を返した世界、ニャーニャーの世界、cautionは黄色と黒🐈🐱 




朔太郎さんが主役モチーフの漫画「月に吠えらんねえ」にドハマり中。

朔太郎の作品と同時進行で読む。



面白い

面白くて

ご飯作るのを忘れしまったレベル





#イラスト #表紙 #illustration


#妄想表紙 #架空装丁 #装丁 #本


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# by loopmark1210 | 2018-09-28 21:49 | イラストレーション | Comments(0)
詩人への私的な目線考
詩人て苦手だなぁと思う
感傷的だし、繊細だし、
接するのが少し気を遣うし、
なんでこっちばかりが気を遣わねばならんのだと損な気になるし、
実際過去にトラブルが起きたし、
思い出す度に
気をつけよう気をつけようと思うし、
大体詩なんてものは、
客観的に完結させる小説に対して、
その瞬時の気持ちを放りっぱなしでとてもずるいと思うし、
折り合いもつかないし、
終着点がないし、

けれども
けれども

やはりわたしは
詩がとてつもなく好きだ
どうにもそうらしい

真空パック
瞬間冷凍
の言葉たち
よくぞよくぞ
保存してくださった

100年200年の時を経て
ページを開いても
香り立つ匂い
見える風景

よくぞよくぞ
保存してくださった
と思う


狂気の向こう側なんて
うっすら魅了されたりはするけれど
追おうなんて絶対思わないだろう

でも、
実は境目のない正気と狂気において
あえて狂気側を見つめ、言葉に換えた詩人たちを
なぜか無責任に
愛おしく思う

ざらっと整理した本棚を眺めたら
詩集ばっかりなのである。

それでちゃんとその先人たちの
境遇を想像していて
あまり得ではない、不器用な生き方の中で
精製させられた言葉たちに
ちゃんと心を共鳴させたりしている。

でも、悲しいことに
同時代に生まれていたら
わたしはやはり
白い目を向けていた人間なのだ
どこか変質的な彼らの行動を
どこか面倒くさく思っていただろう人間なのだ
現にさっきまでそうだった


言葉の恩恵を受けられる時代に生まれたのは
単に運が良かっただけなのかもしれない

いつだって詩人は
そうした境遇の中にあって、
だからこそ
無意識下で必要とされ
詩は生まれるのかもしれない

そして、それがわかるのは
100年の時間を
要するのかもしれない

100年経ったら返っておいで
100年経ったらその意味わかる


でも、どうせ現代に生きてるんだからさ
現代のうちに、
少しだけその目を
眼差しに変えたい


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萩原朔太郎を読みながら
そう思った











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# by loopmark1210 | 2018-09-28 00:59 | 日常記 | Comments(0)