<   2018年 11月 ( 10 )   > この月の画像一覧
「 Girls2018 」にイラストが掲載されています。
本日発売のアートブック「Girls2018」(artbook事務局さま)に、
見開きでめごっこ2人を掲載していただいています。

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全国書店で販売だそうです。

手にとってご覧いただけたらとても嬉しいです!✨

カフェうさももさんにも少しあります。

Amazon販売ページはこちらhttps://www.amazon.co.jp/dp/4862493491/ref=cm_sw_r_tw_dp_U_x_zN9ZBbVZERXET


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by loopmark1210 | 2018-11-29 20:39 | お知らせ | Comments(0)
〈イラスト詩歌5〉 「 十二月 」 尾形亀之助
「 十二月 」  尾形亀之助
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紅を染めた夕やけ



風と






ガラスのよごれ







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シーグラスのやうな言葉たち
(やっぱりらせん堂で購入)






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by loopmark1210 | 2018-11-19 18:03 | イラストレーション | Comments(0)
10周年!
10周年というやつらしいです。

2008年の11/14からスタートした個展があって、
前日の搬入だった13日を、一応活動スタートの日としています。
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母の誕生日なのです。

ひえ、10周年だって。
つまりは11年。

よく続いたねーと思いつつ、
小さい頃の絵を描く日常をずっと続けていたんだから、まぁそうだろな、と思うこともある。

そして、漫画は20のときにすっぱり諦めたのに、
今また漫画を描く楽しさに夢中になっていて。
不思議です。

あまり自分の中で「これだ!」と決めすぎないのが
いいかもしれない。


で、10周年の当日は
特になにも予定してなかったんですが、
あー少しはなにかした方がいいのかもしれないと、急遽焦り、
妹とカフェでお茶をしてきました。
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なんだか歳を取ると、イベントごとがどうでもよくなる。
イベントよりもしたいことがあって、
そっちを優先しているのに、
いざ世間のイベントの日になってなにもないと
妙な手持ち無沙汰感…

これはこれからの季節注意ですね。
やはりクリスマスケーキくらいは
準備した方がいいなぁ…
でもなぁ、あんま興味ないんだよなぁ…

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とか言って今日はステキな女性に、
上等握り、ご馳走してもらったんですよね!
ぐっふっふ!
これからも頑張ります!


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by loopmark1210 | 2018-11-16 23:06 | 日常記 | Comments(0)
テラヤマ・キッズの漫画
テラヤマ・キッズの漫画が今日掲載になりました〜

ぜひぜひご覧ください!
寺山修司記念館ツイッター

いまのペースで行くと、隔週掲載になるのかな?という感じです。
たまーにチェックしてみてください、更新されているかも^_^
じっくりまったり、よろしくお付き合いくださいませ。



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by loopmark1210 | 2018-11-12 00:51 | お知らせ | Comments(0)
「テラヤマ・キッズ4コマ劇場」来週スタートします!
寺山修司記念館から予告が出ましたが、
来週からスタートする「テラヤマ・キッズ4コマ劇場」、齋藤が漫画制作を担当させていただいてます。

日々、学芸員さんスタッフさんと打ち合わせを重ねております。
よに珍しい学芸員さんと共作なのです(なので、クレジットは記念館名義)。
企み事を楽しめるスタッフさんがいたからこそ、出来ることだなぁと思ってます。

先日お知らせしたとおり、
12月で連載していた「北の街」が終刊となり、寂しさも募るばかりなのですが、
15年続いている刊内コーナー「the さっつん・チャンネル」で鍛えた部分をこちらに活かしていきたいと思ってます。

今月は齋藤の活動10周年を迎える月でもありまして、
新たなスタートを切れたらと思っています。

どうぞ寺山修司記念館Twitter、facebookページをチェックしてみてくださいね。

Twitterはこちら
https://twitter.com/shuji_terayama/status/1060731714773762048?s=21

楽しんでいただけますように!
少しでも寺山修司さんの魅力をお伝えできますように!
感謝の想いも込めて。
頑張ります!

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by loopmark1210 | 2018-11-09 23:39 | お知らせ | Comments(0)
「北の街」11月号が届きました。

「北の街」11月号が届きました。

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詩的な秋、ややメランコリ〜🍁




今回、印刷の色がぴったり思い描いたとおりに出ています!(色合わせ難しい…)


よかったらお持ちくださいね。先月から、古書らせん堂さんにもあるみたいです。




今月もよろしくお願いいたします。




#北の街 #ラスト前 #終刊前


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by loopmark1210 | 2018-11-08 23:06 | お仕事 | Comments(0)
タウン誌「北の街」終刊の知らせ
そうそう、すっかりこちらで書くのが遅くなってしまったのですが(Twitterで気持ちまとめてて忘れていた)、

タウン誌「北の街」が終わります。
12月号をもって終了です。

昭和37年刊行、56年の歴史だそうです。

たぶん、さっつんチャンネルがざっくり15年くらい連載させていただいてるので、
わたしは4分の1くらいは関わることができたのですね。

幸せですよね。
自分の描いた絵が、綺麗に印刷されて誰かの手に毎月届く。
それだけで幸せでした。

それが2年前からは表紙をやらせていただき。
わたし、変化が多い人間なので、
絵もどんどん変わっていきました。
今年の初めと今とでも、だいぶ違う。

でも、このところやっと落ち着いてきたように思います。たぶん。
2年の鍛錬のおかげだと思います。
どう見せたら目につくか、どう描いたら一番効果的か。
独学ながら、日々意識して取り組みました。
もし少しでも良くなっているのだとしたら、
これはひとえに、見て読んでいただいた読者さまのおかげだと思っています。

なんかこういうのって、
社交辞令的なニュアンスでしょ
でも違うんですよ、ほんとにそう思う。
それはたぶん、昨年表紙の絵を集めて個展をしたからなのですよね。

ああ、届いているのだ
絵が良くも悪くも
責任を持たねばいけないと
感じました。

もっともっと届けていくことを北の街でしたかったのですが、
これがタウン誌の限界だと思います。
このネット主流の時代の中で、
稀有すぎる文芸に特化したタウン誌は
10年前に終わっていても不思議ではなかったのです。
意地だったと思います。
その意地の中で
わたしは絵の実践をさせていただきました。

本当に本当に
どうもありがとうございます。

ほんとはTwitterに書ききったので、こっちはそんな書くつもりなかったんですが、
このところ特に文を書くのが好きで、
書いてしまいましたね。。


北の街に一番最初に関わったのは、中1くらいのときだと思います。
小6とかかな?
ニュートンがリンゴを持つ絵を急に必要になったとかで
描いてみてくれないと頼まれました。

で、喜び勇んで描いたものの
刷り上がりを見たら
めちゃくちゃ汚いんです。

というのも、なにも知らないわたしは
そのへんの画用紙に描いたんですね。
で、消しゴムで何回も下絵を消したので、
紙が毛羽立って、インクが滲んで…
でも、綺麗にそこは編集してくれてるのだと思っていたのでした。
しかし、そのままに印刷された。。

ショックでした。
汚い自分の絵にもショックだったけれど、
あのページのコラムを書いた人に
なんてことをしてしまったのだろうと
まだ10代ながら、重く重く感じ取ったのでした。

それからすぐに
綺麗に描きあげる紙や筆記用具を探し集めました。
いま思えば、あの失敗が
一番いまに生きているかもしれない。笑

思い出がいっぱいです。
でもあと一ヶ月あるのでね、
元気にいきましょう。

そして、連載されてた方々も
どうかどうか新しい媒体で
書き続けていただきたいなぁと
そう思っています。(生意気にすみません。
書くことをやめないでくださいね。
媒体が無くなっても
やめることなんて、なんにもないです。
この土地にいて書く人々を
応援しています。

ちょっとかっこつけてるけど、
深夜なのでお許しをば。

Twitterに載せたツイートを写真で引用します。

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11月号も届いてます!
それはのちほど。




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by loopmark1210 | 2018-11-08 01:21 | 日常記 | Comments(0)
寮母力
兄がなんでか、このところずっといる

なんでも仕事の関係で
うちの近所に短期間出向になり、
そこは兄の住居からとても遠いので
ならば居候してしまえと、来たらしい

ふらっと寅さんのように来て
ずっといる
しかも、夫とは趣味が一緒なので、
自分の家にいるより楽しそうである。

問題はわたしである
わたしの家でのルールが乱される
大いに

作家ものの食器を電子レンジにかけようとする
愛用のお茶がみるみる減っていく
旅先で買ったマヌカハニーがいつのまにか瓶ごと無くなっていた(高かったのをちびちび食べていたのに…ほんとに泣いた)
わたしのお昼に食べる納豆がなぜだろう無くなっている

あれ、食べ物に関することばかりではないか

イラつきを募らせながら
早く帰れとっとと帰れ
なんでまだいるんだ、今日もなのかなんでだなんでだ
と、
スルーされる定めの罵声を爽やかに浴びせながら

同時に
わたしは寮母のような役割が好きだな
と認識する

たくさんのご飯を用意するのは好きだ
食べさせてやるのが好きだ

それはお金掛けて栄養士を学ばせてもらったことを発揮できるからというのと(レシピとカロリー以外はほぼ忘却の彼方)
なんだかやはり
わたしは実家的なものが好きなのだろう


土地から逃げたくて逃げたけれど
家族を恨んだことはなかった
家族を苦しめる奴を恨んだけれど(家族のやり方が悪かったとしても)
そいつが住んでるあの土地を恨んだけれど
家族を恨んだことはなかった

そこだけがわたしの
唯一の取り柄なんではないかと
そう思う

なので、今日も
仕方なく
寮母力を発揮しますよ

ところで
寮母力という表現は
大げさだよね

夕飯は
小松菜とひき肉の炒め物



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お昼に一人贅沢に
ここぞとばかり
ほたてチャウダーを食べてやった(しじみちゃん本舗さんの)




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by loopmark1210 | 2018-11-07 17:18 | 日常記 | Comments(0)
ニガウリフラッシュバック
ひとっていくらでも記憶を作り変えられるものなのだな
ひとっていくらでも記憶を作り変えられるものなのだな

大事なので二回書いた

映画「書を捨てよ町へ出よう」を見た記憶は完全に無くしたと思っていて、
本当に見たのだろうか、くらいになっていて
今回のマームとジプシーさんの三沢市公演も
「わーい、初見な感じで観れる〜♪」
と、お気楽わっしょいモードだったのだけど、

見てる間に
ゴジゴジと、缶詰の蓋をこじ開けられ、
封印していた記憶がポトリポトリとこぼれ始め、

うっわ まじか
やめて
と、小さく戸惑い始めたのだった。

それから
一気にフラッシュバックして
わたくしがなにを見たかというと
青森市の冬の狭い
ヒーターの油臭い臭いがする自室で
暗がりの中
パソコンでDVDの「書捨て」を張り付くように見ている自分の姿であった。

すごい猫背で、何回も
エイメイさんの冒頭シーンを繰り返し眺めている。
で、小さい声で

俺の名前は 俺の名前は!

って、冒頭の一連のセリフを一緒に重ねている。

おいおい
わたし、暗唱できたんじゃないか

幕間から動揺している

そうだった 
そうだった
この頃のわたしは、逃げたくて仕方がなかった

誰でもいいから
ここを連れ出してほしい
ここから逃げたい
この部屋から 
町から
出たい

軒先の
日に日に巨大になっていくつららが恐ろしかった

でも、そんな連れ出してくれる人なんて
出てくるわけもないから
言葉に頼るしかなかった

寺山修司の本を読んで、言葉を頼りに
家出をしようと決め込んだ

頼りにするように
家出の前段階の下見のように
恐山へ行き、記念館へ行った
南部むつなんてほぼ行ったことがないのに

それから
失業保険で東京行き実験を何度かするんだけど、
なんだか
不思議な別れと出会いの渦に巻き込まれて
いまこうしてここにいる。
ここに逃げてきた。

どうして封印してたのだろうな
どうして忘れきったのだろうな
それも見事に

青い苦い頃
ニガウリの頃

でも、あの舞台を見て、
同じように感じた人は
わたしだけじゃなかったはず
と思う

苦く苦く苦い
贅沢とも言える苦い時間

エイメイさんが出ていたから
それがよかった


そのあと、DVD「田園に死す」を見直していたのだけれど、
これもまた結構忘れていて、
かつ、自分の目線が変わっているのがはっきりとわかり、やはり驚いた。

家出のビフォアアフターで
寺山修司の作品というのは
受け取り方が変わる
そう感じている。

家出前の窒息しそうな閉塞感
家出後の他人としての視線、客観、そして脚色

では、家出ってなんなのだろう


寺山修司は、言葉はいつも近しいのだけど
映像や演劇はじつは触れるのが少し怖い
カサブタを剥がすようにヒリヒリする

言葉は選び取ることができるけれど
ニガウリのフラッシュバックは
予測できないからだ。

でも
それが原点なのかもしれないと
いまは思っている。


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勝手にテラヤマ・キッズコラボ! withエイメイさん

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by loopmark1210 | 2018-11-06 12:17 | 日常記 | Comments(0)
擬似的な空気感の経験
故・九條さん(寺山修司元夫人、プロデューサー)の回想記を読んでいた。

記念館と関わるようになって、9年くらいだろうか。

記念館はほんとにスタッフが少ないので、お手伝いをよくする。
で、なぜかこの地方に、記念館は演劇を持ち込み続けている。年に1、2回。

演劇と縁遠いこの場所で観劇できるのは、本当に感激(シャレ)なんだけれど、
どうしてこうも、大きな規模で持ってくるのだろうと思っていた。

演劇祭の前日になると、生前の寺山修司と関わった人たち(天井棧敷関係者)がたくさん町に入ってくる。
その中心にいるのは九條さんで、
その集団は、やはりうっすら寺山修司の世界を見聞きしてるだけのわたしでも、錚々たる印象なのである。
うおー 本に載ってた人たちや!
なのである。

で、臆病なわたしは隅っこにいて、雑用のお手伝いをしている。
受付とか誘導とか、そういう方々と直接関わらない場所。

注意書きすると、
関係者の方々は気さくな方たちばかりなのだ。
でも、どうしても当時のわたしは、
自分から距離を置いてしまいがちだった(もったいない


いま回想記を読んで、ハッとするのは、
真ん中から終わりまでが、演劇のことばかりなのだけれど、
その当時の現場みたいなものが、
わたしがなんとなくお手伝いしながら見ていた光景と近いのではないか、ということだった。

もちろん、昔の方がずっと慌ただしかったろうし、切羽詰まっていただろうし、若く挑戦的だったろうし、、
でもなんだか、
「皆んなで続けていく、次から次へと、演劇を町に持ち込むのだ」
という、変わらない心、感覚、共通意識が、
わたしが見た光景にも確かに漂っていたように思うのだ。

それはもう、いま思い返すと
九條さんの晩年にあたる。

九條さんの訃報は突然で、わたしが宇野さんのオブジェを三沢で設置してるときだった。
亡くなった時間帯に、お天気雨、突然の大雨が降って、
あれはお別れをしに来たのかもしれないね
と、あのあと皆んなで話した

でも、あの時期に亡くなるなんてことは少なくともわたしは感じ取っていなくて(そんな近くなかったというのとあるけれど)、
まだまだ、こなすべき予定が入っていたはずである。

だから、晩年という言葉は合わないのかもしれない。
続いていく、というイメージばかりだったから。

亡くなる直前くらいに、
やっと顔を覚えていただいて、何度か交流をさせていただいた。
わたしみたいな若い奴にも、距離を置いていた時間を後悔するほどに、近しく話しかけてくださった。
ああ、もっと好きだと、近づいてお話をするべきだった。

テラヤマ・キッズを褒めてくださった。
あなたは、人をキャラクターに落とし込むセンスがあるのかもしれないわね、と(この話し方がまたかっこよかったの、すごくよく覚えてる)

黄色い我が家の車に乗って、
初めて買った車は黄色い車だったのよ、
黄色い車大好き
とおっしゃっていた。

かっこよく可愛いらしい、なんてステキな方だろうと、ドキドキした。
母より上の年齢の女性に、ドキドキした。

けれど、いま思えば、
時たまお見せになるしんどそうな疲れた表情は、お身体の状態を表していたのだ。


今週末、この町にまた新しい演劇がやってくる。
わたしは劇団員でもなく、単なるお手伝いなのだけれど、
あの空気感がとても好きだ。
この地であの空気に触れられること。

続いているのだと感じられること。

なんならお二人も、いらっしゃるかもしれないな。

この経験をありがたく思います。



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by loopmark1210 | 2018-11-02 00:15 | 日常記 | Comments(0)