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自分をゆるす〜もの編〜
結婚していまの住居に引っ越してきてしばらく経ち、わたしってほんとにやりたいことが多い人間なのだなぁと思うのは、収納スペースが足りない。
陶芸を外での活動に移し家では一切やらないことにして、その分ものが減ったはずなのに、なぜか空いたスペースにはすでに別のものが鎮座している。なぜだ…。

しかし、この頃は無理に減らそうとは思わなくなった。極力買い足さないようにしていた本も、最近は諦めて魅力に惹かれるまま購入している。
つまり、じっくりと確実にものは増えてっているというわけだ。

結婚当初はシンプルな部屋に憧れていた。運良く新築に入れたので、この傷ひとつない何もない空間をできるだけ維持してみようと考えた。
ちょうど「ミニマリスト」とか「こんまり片付けの魔法」とかがもてはやされ、流行り始めた頃だった。

それで3年ばかりは、なるべくものを増やさずに頑張ったように思う。

ある日、ふとテレビで家族の思い出についての特集番組を放送していた。紹介されるエピソードを眺めながら、うちはどうだったかなーと何気なく振り返ってみる。
あれ…おかしい、なにも浮かばない。
そんなわけない、出かかってはいるはずだ、思い出なんてたくさんあったろう。
しかし、なにも出てこない。
なんだか無性に焦った。


一昨年の冬、長く住んだA市の住まいを退居した。引っ越してからはさほど訪れておらず放置していたのだが、老朽化で取り壊しが決まり、突如整理しなくてはいけなくなったのだった。
幼少期から20年近く住んでいたので、家族それぞれが溜め込んだものの量は相当なものだった。ほとんどのものを捨てて、自分のものは箱二つくらいにまとめた。
それで、その捨てる作業中、いちいち思い出したのだった。そのものにまつわるエピソードを。

兄がゲーセンで取ってくれた指人形
中学のパン注文のおつり10円玉を毎回入れていた缶とか、それに描かれたミッキーの顔がなぜか嫌いだったこと
漫画を描いたときにこぼしたインクのしみ、そのときにラジオから流れていた曲のこと、
高校の夏に自転車片手に持ち帰った好きなバンドの初回限定のポスター、日光で色あせたそれを眺めた就活の頃…
どんどん湧いてくる。

それで、わたしはやっと「ものは想像以上に思いを纏う、記憶の媒体なのだ」と気づいたのだった。

もののない生活に慣れていたら、もう思い出すこと自体ををやめてしまうのではないか。あまりにも極論だけれど、そうだとしたら恐ろしい。
ものを持たないでいると、無機質な人間になってしまうではないか。感情の豊かさを忘れるのではないか。これもまた極端な考えである。

しかし、わたしはそれで初めて「ものを持つことの意味」を知った気がして、
また「ものを持つことを許すこと」をもっと自分にした方がいい、と思ったのだった。


というわけで、冒頭の片付かない件につながるのである。
おかげで作業部屋を眺める度に、いろんな思いが巡る。
あー!あれもこれも中途半端!
だけど、あれもしたいこれもしたい!
あー!あー!あー!

まぁいいか、まぁいいや
わたしは自分を許そう
ああ許してやるともさ
そうなればいまは、ものとの対話に徹するのみ


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あおもり古書市、ブローチも持っていきます。
11/7(土)、8(日)、青森市アスパムにて。





 

by loopmark1210 | 2020-11-02 02:04 | 日常記
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