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遠い空を見たよ
先日、感情的なひととの付き合いに疲れたという友人と、彼女の車の中でじっくり話した。
ともに遊びに出かけて家の前まで送ってもらったのだけど、なんだかんだいつもそれから一時間は語らいの時間となっている。

さっちゃんは感情的にならないから落ち着いて話ができる
と、彼女は言ってくれ、とてもとても嬉しかったのだが、
それは家族に感情表現の大きい(言い方を変えると激しい)ひとがいたからだけなのだと、その場でことわっておいた。
ある意味、客観視できることが自分にとってブレーキになっているだけなのだろう。
しかし、それはただブレーキに過ぎない。素質である感情の隆起は、やはりはっきり存在している。

内側から沸き起こることに、どう折り合いをつけていいかわからないときは頻繁にある。

「感情は引き出しのように、訓練すれば出し入れをコントロールできる」と、ベストセラー『嫌われる勇気』に書いていた気がする。

執念、執着を持たなければ、大きな起伏にはならないのだろうか。

面倒だなぁ、と思う。
人間というものは、まことに面倒である(誰
というか、自分自身が面倒である

もっと表現として、解放できるのではないか
と思うのだが、
ひとの絵ばかり描いているわたしは、直接な解放にはなっていない気がする。
ただその間の集中は、大きくわたしを助けてくれているので、平静なる別世界として役立ってくれている。


言葉にしてみることが一番かもしれない。
放り出されて活字となった言葉はどこまで正直であるか
いかようにも理解され、誤解され、
それゆえに実直さと精度を必要とされる
感情を材料にして、思考をもって感情をこねくり回して、
ひとまずわたしというものをとらえること
言葉から見えるわたしということ
その現象

こんなとりとめのない文章をしばらくは
書いてまいる所存でござる


(というか今までも、きっととりとめなかったはず…汗)


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遠い空を見たよ



来週16日より企画展に参加します。

「イラストレーターが挑む寺山修司の言葉」
2020/10/16(金)~10/22(木)
Bunkamura Box Gallery

わたしは足を運べないのですが、グッズをいくつか取り扱っていただきます。






by loopmark1210 | 2020-10-10 22:06 | 日常記
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