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芥川龍之介の「歯車」を読んで、眠れなくなってしまった。
芥川龍之介の「歯車」を読んで、眠れなくなってしまった。先ほど、昼間に二時間ほど仮眠して日常に戻った。
こうなることは大方予想できたのだから、深夜に読むのはやめておけと言ったろうと自分で突っ込む。
しかし、昨夜は静かに雨が降っていて、ほのかに冷えた真っ暗な部屋に蛍のように光るスマホを頼りなげに指でなぞる自分は、「歯車」を読む光景としては十分完成されていたようにも感じる。

「死」に引っ張られる。
誰だったか国文学に携わる方で、大学時代に卒論で芥川か、太宰か、川端を研究したいと教授に言ったら、
「あなたは自死した作家ばかりを研究したがる。やめなさい」と、森鴎外を勧められた、という話を聞いたことがある。
その教授の危惧について、いま感覚としてよくわかる。

芥川龍之介のブラックホールのような救いのない渦は、遺書である「或阿呆の一生」でもわかるし、
「河童」での「のみならず」の異常すぎる多用等でもよくわかる。
ああ、これが死を受容しようという人の、死に向かう人の文章なのだと。
もし「芥川龍之介」という名を取って作品を提示されたとしても、都会的で瀟酒な文体の中に立ち上ってくる厳かな底知れぬ不気味さは、個性として強烈な、無二のインパクトを放つだろうと思う。

なので、生前最後に書き上げたという「歯車」は、読書する状態に十分配慮しないと、と思っていたのだ。


わたしはわりと健康的といわれる「保吉もの」というシリーズが好きだ。
これは、海軍士官学校で英語教師をしていたときの作品群で、当時の芥川の野心や、この頃の青年らしいニヒルな目線や、うかつにも純なところなどが生のエネルギーを持って実直に書かれているようにも思う。
しかし、それも晩年を知ってのギャップとして好きなのかもしれない。

「歯車」は無駄がない作品だと思う。
のみならず、ラストの静かな衝撃はぞっとするほどに簡潔であるように思う。

ああ、引っ張られていってしまった、実際に…

その感覚が鮮度をもって目の前に提示される。
怖いな、
怖いなと思う。

芥川の、時代に翻弄された苦悩については、「ああきっと、大変だったのだろうなぁ…」くらいであれば、多くの人が想像できるのかもしれない。
しかし、その想像を、作品の鮮度が圧倒して上回ってしまう。
THE 鮮烈(純烈ではない)。


わたしはやっぱり、先の教授が言ったように、自死した作家はある種の引力を持っていると思うし、
それに触れるときは、自分自身の状態を客観視してからがいいと思う。

こんな引力が、長い時代を超えて、活字の中に生き続けている…。
その凄まじさを思った。


呆然としたまま眠れなかったので、床から出てイラスト詩歌カードを夜更から作っていた。
こうした秘めたエネルギーをちゃんと断つには、やはり自分自身、一心になにかを作っていなければ、作ることに向かわなければ…と嫌でも意識的になる。
奇妙な鼓舞とも言えるのかもしれない。

なんだか、そうでもしなければ、
やはりあのレエン・コートが頭を過ぎってしまいそうだったから。
なんつって。
外は雨…。

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米を精米しに行かないと。



来週からの企画展に出ます。

寺山修司記念館特別企画展 in Tokyo 

「イラストレーターが挑む寺山修司の言葉」Bunkamura Box Gallery | 東京都


by loopmark1210 | 2020-10-07 14:24 | 日常記
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