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良きお盆
故郷というのは五感が研ぎ澄まされるなぁと思う

実家の床に響く足の音、水道の流れていく音、家族の声の反響
どこにいてもお岩木さまと目が合う土地
姿を留める木々のざわめき、湿った土から立ち上がる匂い、
街のアスファルトの光の反射、空の近さと広さ、
親しんだ二つの坂、通りで迎える古びた商店の看板、
いまも長く手を伸ばす鉄塔、父のぶっきらぼうな車の停め方…

全部、そうしたもの全部が
思い出を蘇らせる

ああ、立ち返るのだ、と
今回ほど思ったことはなかった。
それは、久々にお盆らしい環境が整ったからかもしれない。

離れていると、思い出は沸いてこない。
旅行など箇条書きで書き出せる日付指定の「the思い出項目」以外に
何気ない過去の日常記憶がふつふつ沸いてくることは、離れていてまずない
わたしが住む場所はそれだけ、育った場所と違うということなのだろう
だから、過去と切り替えて暮らすことはできている。

あ、そうだ、この土地に住むと決めたのは、
なにより切り替えたいと思ったからだった。

けれども、
わたしには立ち返る自由だってあったのだ、と今回思った。
時折帰って湧き上がる思い出にどっぷり浸れる場所が

お盆いいな、となんだか心底思いました。
立ち返るのを、年に一度許す機会
なんていい風習なんだろうと思った
ああ、わたしも歳だろうかな

だから、
なんだか懐かしの地に着いてから、とっても家族らしいことをしたくなって、
祖母の書斎を漁って、幸運にも昔の古写真を大量に見つけだして、深夜3時まで家族とわいわい眺めるということをやってみたのだった。

そして、日中はお墓参りのあとに
祖父がかつて住んだ家をドライブがてら探しに行くという、探検ごっこめいたこともしてみた。
それぞれの記憶と道を辿る行為、かなり楽しいものがありました。

家はびっくりするくらいそのまま残っていて、今にも祖父が「やぁ、よく来たね」と出てきそうだった。
ちょっと鳥肌ものだった。
庭の木も同じままで丁寧に刈り込まれ、手前の三段の小さな石段は泣きたくなるくらい、懐かしかった。
大切に暮らされているのがわかった。
高齢のご夫婦が住まわれてるようだった。


そうして、それから
いなくなった家族の思い出話しをした。
今年は祖母の新盆ということもあったから。
こんな機会は年に一度だけ許されてるのだから、とばかり

お互いの記憶を取り出して、すり合わせて、またインプット
お盆をお盆らしく過ごせなかったここ数年、いや十年くらいのために、これはとても効果的だったように思う。



近代詩のことが好きで調べていると、
祖父母が暮らした時代や街の風景、世相なんかが、少しだけわかるような気がするのだ。
昔はモノクロームセピアの古写真が怖かった。
ものすごく怖かった。
いまはしみじみと、ちょっと愛おしさをもって見ることができる。

家族と写真を眺めていたとき、大正15年のご先祖さまの写真が出てきた。
どうやらそれは祖母のお母さんで、17歳のときのようだ。ひいおばあさまには、確か小さいときにお会いできていたはず。

わたしが今のところ古写真で安易に遡れるのは、ここまでのようです。
どっちかわからないけれど、その写真には二人の女性が写っていて、どっちも結構美人。
はてさて。

93年前のご先祖さんを掘り当てた
こんにちは

わたしはルーツから離れた場所で暮らして、
ルーツのことを考えています。

ふるさとは遠きにありて思ふもの

そんな言葉が一層沁みるお盆でありました。

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祖母with太宰治(の墓
いいな、こんなかっこいい写真わたしも撮られたいもんだ(すべてにおいてギャグになる可哀想な自分




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by loopmark1210 | 2019-08-19 02:13 | 日常記
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