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擬似的な空気感の経験
故・九條さん(寺山修司元夫人、プロデューサー)の回想記を読んでいた。

記念館と関わるようになって、9年くらいだろうか。

記念館はほんとにスタッフが少ないので、お手伝いをよくする。
で、なぜかこの地方に、記念館は演劇を持ち込み続けている。年に1、2回。

演劇と縁遠いこの場所で観劇できるのは、本当に感激(シャレ)なんだけれど、
どうしてこうも、大きな規模で持ってくるのだろうと思っていた。

演劇祭の前日になると、生前の寺山修司と関わった人たち(天井棧敷関係者)がたくさん町に入ってくる。
その中心にいるのは九條さんで、
その集団は、やはりうっすら寺山修司の世界を見聞きしてるだけのわたしでも、錚々たる印象なのである。
うおー 本に載ってた人たちや!
なのである。

で、臆病なわたしは隅っこにいて、雑用のお手伝いをしている。
受付とか誘導とか、そういう方々と直接関わらない場所。

注意書きすると、
関係者の方々は気さくな方たちばかりなのだ。
でも、どうしても当時のわたしは、
自分から距離を置いてしまいがちだった(もったいない


いま回想記を読んで、ハッとするのは、
真ん中から終わりまでが、演劇のことばかりなのだけれど、
その当時の現場みたいなものが、
わたしがなんとなくお手伝いしながら見ていた光景と近いのではないか、ということだった。

もちろん、昔の方がずっと慌ただしかったろうし、切羽詰まっていただろうし、若く挑戦的だったろうし、、
でもなんだか、
「皆んなで続けていく、次から次へと、演劇を町に持ち込むのだ」
という、変わらない心、感覚、共通意識が、
わたしが見た光景にも確かに漂っていたように思うのだ。

それはもう、いま思い返すと
九條さんの晩年にあたる。

九條さんの訃報は突然で、わたしが宇野さんのオブジェを三沢で設置してるときだった。
亡くなった時間帯に、お天気雨、突然の大雨が降って、
あれはお別れをしに来たのかもしれないね
と、あのあと皆んなで話した

でも、あの時期に亡くなるなんてことは少なくともわたしは感じ取っていなくて(そんな近くなかったというのとあるけれど)、
まだまだ、こなすべき予定が入っていたはずである。

だから、晩年という言葉は合わないのかもしれない。
続いていく、というイメージばかりだったから。

亡くなる直前くらいに、
やっと顔を覚えていただいて、何度か交流をさせていただいた。
わたしみたいな若い奴にも、距離を置いていた時間を後悔するほどに、近しく話しかけてくださった。
ああ、もっと好きだと、近づいてお話をするべきだった。

テラヤマ・キッズを褒めてくださった。
あなたは、人をキャラクターに落とし込むセンスがあるのかもしれないわね、と(この話し方がまたかっこよかったの、すごくよく覚えてる)

黄色い我が家の車に乗って、
初めて買った車は黄色い車だったのよ、
黄色い車大好き
とおっしゃっていた。

かっこよく可愛いらしい、なんてステキな方だろうと、ドキドキした。
母より上の年齢の女性に、ドキドキした。

けれど、いま思えば、
時たまお見せになるしんどそうな疲れた表情は、お身体の状態を表していたのだ。


今週末、この町にまた新しい演劇がやってくる。
わたしは劇団員でもなく、単なるお手伝いなのだけれど、
あの空気感がとても好きだ。
この地であの空気に触れられること。

続いているのだと感じられること。

なんならお二人も、いらっしゃるかもしれないな。

この経験をありがたく思います。



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by loopmark1210 | 2018-11-02 00:15 | 日常記
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