すべては一体だった、という説
相変わらず、100分de名著・宮沢賢治特集に感銘を受けております。

今回も大事なメッセージがありました。

「すべては一体だった
近代は芸術、宗教、科学をバラバラに理解した」

そうそう、そうなのだー!

「地続きの意識」がこのところのひとつの気づきなのですが、
これってつまり「もとは一体である」ってことなんだ。

パンを拾い集めて家にたどり着いたヘンゼルとグレーテルの気持ち!


例えば、ふと沸いた「不思議な感覚」を説明しようとすれば、
ウィキペディアですぐに検索できるし、科学的にも分析できるけれど、

かつての人たちはもっとこう、その感覚自体に浸るというか
分け隔てなく身近に共存していたはず。


隅々まで分けられた意識下の現代で、それを逆行して「一体」を感じるのはとても難しそうに見えるけれど、

「不思議なものは不思議なままでいい」ていう至極単純なことなのかもしれません。


不思議なシンクロや調和は日常でも、絵の活動でもいつも感じます。

それを否定することもないし、無理に実証することも怖がることもないのだなぁと、

それはきっと自己を活かすものになる、なんて
なんかすんなりと腑に落ちたのでした。


にしても、宮沢賢治は本当に本当に深い。

以前に宮沢賢治記念館に行ったときに、
「なんだかレオナルド・ダヴィンチみたいだな」

と思って、ちょっとそれは言い過ぎかななんて思ったのですが、
全然そんなことない。

宮沢賢治はもっと世界に認知されるべき天才ですね。

時間の枠を越えて、
後世の人もみな、銀河鉄道に不思議なノスタルジックの思いを馳せるのだろうと思うと、
ぐっと来ますねぇ。。


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この頃、パソコン作業が多くて手が鈍るので、模写。
足は本当にむずい…
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by loopmark1210 | 2017-03-29 17:55 | 日常記 | Comments(0)
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