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宮沢賢治とランボーの「共感覚」
NHKの「100分de名著」がただいま宮沢賢治特集でして、楽しんで見ています。


で、宮沢賢治は「共感覚」の持ち主だと紹介されていました。


共感覚とは、あるものごとに対して五感のうち、二つ以上で感じるというもの。

例えば「文字や数字に色がついて見える」とか、「自然現象に味を感じる」とかです。


あれ、と思いまして005.gif


この感じ、最近、宮沢賢治以外で感じたよなー!と。


あ、そうだ、アルチュール・ランボーだ!


一昨年の末からシュルレアリスムにハマり、その流れでフランスの天才詩人ランボーにはまったのですが(過去のブログはこちらその1その2(詩のイラスト))、
彼の詩がまさにそうでした。

代表的なものでは、アルファベットに色が見えるという詩。

そうだそうだ、似た感覚で作品にしてる!


しかも共通点はまだあります。


ランボーは「誰かがわたしを通じて考えている」ということを意識的に作品にしたことで、
後世にもンのすごい影響を与えているわけですが
(その当時はデカルトの「われ思う ゆえにわれあり」という意識が主流だったそう)、


宮沢賢治も同じことを言っているそうなのです!


自分以外の誰かがなにかが、自分を通して書かせている


自分は媒体である

と。


宮沢賢治がランボーより40年ほどあとに生まれているので、
もしかしてどこかで影響を受けてる可能性もありますが、

賢治のあのみずみずしい伸びやかな作品は天性のものに受け取れて、
誰かの影響を受けて変遷したという気はあんまりしないのですが、 、どうなのだろう。


そんなことを思って、またもハッとしました005.gif


家族に「数字に色が見える」って言ってた人がいるじゃん…と。


以前、あんまりわたしが口説く質問しまくったから
「こんな聞かれるなら、今後このことには一切答えない!031.gif031.gif031.gif」と怒られたのだった。。


本人、わたしと違ってすごく現実主義だからな…
(現実主義者でも共感覚って宿ってるのだなぁ)


共感覚、小さい頃は誰もが持っているけれど、大人になるにつれ大半が失われるそうです。

感覚に目を向けてるわたしには、タイムリーすぎる話題でした♨001.gif
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<2017.4月追記>
去年のボブ・ディランの記事で「ボブ・ディランもランボーと同じく媒体タイプの人間」みたいなことを書いてました!(忘れてた笑)
てことは、ランボー、宮沢賢治、ボブ・ディランは三人とも似たタイプの表現者ということですね!
by loopmark1210 | 2017-03-16 02:56 | 日常記
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