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A.ランボオは赤錆色 < イラストレーション68 >
ランボオは赤錆色
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アルチュール・ランボオ Arthur Rimbaud(Jean Nicolas Arthur Rimbaud, 1854年10月20日 - 1891年11月10日)


ランボオの詩はシュルレアリスムに多大なる影響を与えたというので、その流れからランボオ詩集を読んでいます。(本の仕入先は言わずもがな「らせん堂」

アルチュール・ランボオというと、その美形な佇まい、15歳で詩作を始め、19歳ですっぱりやめてしまったこと、放蕩、詩人ヴェルレーヌとの同性愛と発砲事件、貿易商となり中東アフリカへ流れ、37歳の若さで没するという、ドラマチックで破滅的な史実の方ばかり注目してしまいがちですが、

詩を改めて読んでみると、詩の技術やらセンスやらよくわからないわたしでも「これは大変なものなんだな」というのがわかる(ような気がします)。



ランボーはパリ・コミューンの革命熱に触発され、家出し、200キロ歩いて現場を訪れ、浮浪しながら、革命に翻弄される人々を詩で描写した。17歳の頃の話。

詩でもって革命思想と言語思想を体現しようとした


ここ、ランボオ詩に感嘆し、シュルレアリスムへと動き出したアンドレ・ブルトンとすごく似ている。

前から「なぜ詩人は社会とつながりたがるのだろう」と思っていたけれど、昔は「詩人」というのが今のように社会において住み分けされていなくて、

アクティビスト(積極行動主義、活動家)がたまたま詩人だったと、演説ではなく詩だったのだと、美術家のヴィヴィアン佐藤さんから先日お聞きして、なるほどなるほど、と何度も頷いてしまった。


ランボオの詩に感じる反抗、賢さ、愚かさ、無垢、繊細、狂気
そして、紙の上でくるくると展開していく光景の巧みさ、すさまじさ、

これに原詩では音の響きや巧みな韻使いなどがあるのだろうから、ひゃー凄い。


ランボオの姿に「赤錆色」を感じてしまう。

怒りと狂気の赤、アナーキストの赤、灼熱の地の貿易商としての赤、自分自身を使い切り、腐食させ、ボロボロに果てた、まるで「赤錆」の赤

映画の効果からかランボオは耽美的なイメージがあるけれど、放浪している時点で清潔ではなかったろうし、田舎者だし、権威に牙を向くところはものすごくぶっ飛んでいて、今で言うパンクロッカーみたいである。
すごく、かっこいいのである。(権威に放尿の詩なんて、現代でもロッカーがライブでやってそうな)


そして、もうひとつ感じるのは、激しい熱情とともに詩から溢れる不思議な爽やかさ。

風が吹いているような

潮や舟。どこかへ流れ行くような。


詩を捨て故郷を捨て、異国の地で果てたランボオ
商人時代、本国では天才ランボオが再評価され注目を浴び始めていたが、ランボオ自身は全く興味を持たなかったという。

彼は詩がどこかへ流れ行きたかったように、現実でもどこか遠くへ流れ行きたかったのかもしれない。


何かに動かされるように、それが使命だと感じていたのかもしれない。





 

「夏の青い黄昏時に 俺は小道を歩いていこう 草を踏んで 麦の穂に刺されながら

足で味わう道の感触 夢見るようだ そよ風を額に受け止め 歩いていこう一言も発せず 何物をも思わず

無限の愛が沸き起こるのを感じとろう 遠くへ 更に遠くへ ジプシーのように まるで女が一緒みたいに 

心弾ませ歩いていこう」


— 「sensation」(ランボオ15歳の頃の詩)



「おれの健康はおびやかされた。恐怖がおとずれた。何日もつづく眠りに落ちた。

眠りから覚めても、最も悲しい夢を見つづけた。

おれには死の時が熟していた。危険な道を通って、おれの衰弱がこの世と、影と竜巻の祖国、キンメリアの境へと、おれを連れていった。」


— 「錯乱II」(「地獄の一季節」)より
by loopmark1210 | 2016-02-08 13:49 | イラストレーション
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