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ある書店のこと。
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青森のわたしの好きな、わりと大きなある書店にはサブカルアングラコーナーがあります。

わたしが小さい頃はそのコーナーは今よりずっと広くて、よく亡き母が「寄り道していい?」と立ち寄っては、1時間も2時間も不思議な本を探していました。

荒俣宏、高山宏、種村季弘、澁澤龍彦---アングラ、サブカルを日本に伝えた方たちの本を、わたしは幼少期、母の部屋の書棚を漁って、気持ち悪いなァと思いながらも惹かれていったのでした。

ハイティーンになり、本当に自分が好きな世界を教えてくれたのは、その書店に平積みされていた「夜想」という美術誌でした。「その世界」を詰め込んだびっくり箱のような本です。いまもその衝撃は忘れられません。
編集長にファンレターを出したことも何度かあります。

その頃になると、母ともそういう世界について語らうようになりました。

アングラサブカル、幻想小説、天使とかアクマとか、寺山修司とか宇野亜喜良とか、
ウィリアム・ブレイクとか、宗教論、信じられない野生の儀式、輪廻転生とか
いろんなことを夜な夜な話していました。

20の誕生日に、その書店で母に「好きなのを選んでいいよ」と言われ、ビアズリーの大判の画集を買ってもらいました。

絵のタッチを変えた、今では宝物の本もそこで偶然見つけました。

絶対あるはずないよな、と思ってカウンターで注文しようと思った画集も、「あ、店にあります」という驚きの返事でした。(しかも1回じゃない)




先日、その書店に行ったら、そのコーナーが消えていました。
ずっとずっと奥に移ったそうですが、遠目からでもわかるほど縮小していて、何だか歩いていく気力は起こりませんでした。

母が残した本は、100冊以上あるけれど、
それよりも、何だかその世界の扉が閉ざされたような気がして、静かに寂しい思いです。
わたしはいよいよ自力で良い本を探さなきゃいけないんだな。
わたしはそのコーナーに青森の生々しい文化と同じものを感じていたし、それが醍醐味、あり続けるものだと思っていました。
ツ○ヤみたいになるんでしょうか。

少年がドキドキして訪れたライブハウスですべてが変わってしまうように、
夢見る少女が一枚の絵によって突然日常を否定し出したくなるように、
出会うべき扉はなきゃいけないはずなのに、

出会うべき扉がないのはすごく寂しいことなのでは、と
なんとなく感じたのでした。


それは些細な変化だけれど、春先の変わりやすい天気のように
雨雲となってわたしの心の中で渦巻いています。
by loopmark1210 | 2010-04-13 23:53 | 日常記
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