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メモリー容量を空ける
久々に瞑想。

昨年まではこまめに瞑想をしてました、チベット体操のあとにシンギングボウルの音声を聞きながら。


瞑想もこなれてくると、空飛んでるような気持ちよさと爽快さが感じられて病み付きになるけれど、

実際、一日四時間瞑想してるタレントさんがこの前テレビにも出ていたけれど😅(すごい)、


久々にやったら、もーいろんなことが頭に浮かんであっという間に終わってしまった(>_<)


気になってることアレコレ


浮かんだ分、流せているのでいいのですが、
それだけ思考的になってるんだなと自覚します。


しかも、気持ちの良い思考は、ふわっとすぐ空に預けられるけど、

マイナス的な思考は、内側に潜り込んで、流してあげないと無意識下でも考えてしまうという、
なんとも自分のメモリーを無駄に食べられるやつ。


む、改めて考えると、ほんとにメモリーの整理に似てるんだなぁ


スマホの不要なデータを削除するアプリみたいに、自分のメモリー領域を常に保つ


空いたところには新たな息吹が入ってくると信じて

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前に描いたジェーン・バーキン


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by loopmark1210 | 2017-04-20 00:50 | 日常記
ズレと拡張、「イノセンス」
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ハリウッド版「ゴースト・イン・ザ・シェル」を見ました。

感想はネタバレするので書きませんが、スカヨハは美しかったー!✨


その流れで、13年前に劇場で見た「イノセンス」を借りてきて見ました。

イノセンスは哲学的な要素が強く、当時はよくわからなかったけれど、見終わって改めて凄い…としみじみ。

(以下、イノセンスのネタバレあるかもです)

小さい頃から自分の体にコンプレックスだらけだったわたしは、
SFや攻殻機動隊にあるような「義体」や「電脳」に不思議な憧れを抱いていました。

そうなってしまった方が便利だし、もっと自由になれるじゃないかなーなんて。


で、そんな感じで身体感覚に目を向けないでいたら、
問題を感じることが増えて、時間をかけて見直すことにしたわけです。

このブログでは感覚について意識的に記録してるのですが、これが、

“魂”と“身体という器”のズレを直す作業な感じ。


イノセンスは、まさにこの辺のことを描いていて。

これは架空の未来を描いてるんじゃないんだなぁと。

魂と身体のズレが引き起こす問題は、現在でも当たり前に起きていて、

わたし一代で起きていることでもなく、

ずっと昔から、
人形(ヒトガタ)が作られたぐらいまでに遡って、
ゆっくりと拡張しながら、
未来へと確実に続いていくというような…

ちょっと怖い…(^-^;


攻殻ファンの家族には読み解きが甘いと言われそうだけど… 105.png

いやはや、すごい作品だ~~!(@_@;)


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トップ画、自己流素子でした、失礼しました(>_<)
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by loopmark1210 | 2017-04-11 23:30 | 日常記
まつりの前の静けさ
旅行先、
というわけではなく、帰省中、用事の近道で通る某・城公園。
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オオイチョウ大先生にいつも心で挨拶。
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よく見たら幹の中に緑。


桜祭りを控えて、公園の中に残る雪は、土を乗せて溶かすみたいです。
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時間を見つけて会いたい人に三年ぶりに会った!
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陶芸家が小説家になっておりました。笑
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とても素敵でいつまでもお若い。

もともとは母のお友達だけど、いまはわたしの方が友達歴長くなった。


今年はオオイチョウ先生に挨拶する機会が増えそう。
あと岩木山さまにも!
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ルーツも一族の眠りも、新しい家族の始まりもすべて抱いてくれてるお山様。

背にお山さまを感じるとホッとする。



愛しき故郷は同県内だけども遠い!
移動疲れ(@_@;)
気軽に来れたらいいのになぁ。



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by loopmark1210 | 2017-04-09 13:50 | 日常記
家族のおかげ
亡き祖父が、わたしが12歳くらいのときにくれたのは、
黒鉄ヒロシの似顔絵の描き方読本と、アンリ・ルソーについての文庫だった。

「え、わたし漫画家になりたいから、こういうの興味ないんだけど…」

ってその時はあんまり嬉しくなかったけど、

いまは似顔絵は主要なお仕事のひとつになっていて、
アンリ・ルソーの絶妙なバランス感が好きになってる。




日々を過ごすのに必死だった契約OL時代、散らかした絵を見て母が

「個展を開いたらいいのに。お母さん、ギャラリー当番喜んでするよ」

と何度か言ってくれたとき、わたしは、

「そんな余裕あるわけないよー! 毎日が大変なんだから」

なんて答えていたけれど、

母がそのあとポンといなくなってしまい、その年の末に、
町の小さなギャラリーで個展を開いた。
会期は偶然、母と祖父の誕生日に挟まれて。

それを一応、活動のスタートとしている。




今日ちょっと、絵のファイルを持って行った。
営業用のを少し入れ直したやつ。

祖母はわたしの絵はしっかりわかるみたいで、とても嬉しそうだった。

新聞に載ると昔の人ってほんとに喜んでくれる、NHKに出て喜んでくれるのと同じかな。


わたしがイラストの力を信じられるのは、ほんとうに家族のおかげなのです。

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橋の塗り直し作業、もうすぐここは日本有数の華やかな舞台になります🌸
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by loopmark1210 | 2017-04-05 19:33 | 日常記
すべては一体だった、という説
相変わらず、100分de名著・宮沢賢治特集に感銘を受けております。

今回も大事なメッセージがありました。

「すべては一体だった
近代は芸術、宗教、科学をバラバラに理解した」

そうそう、そうなのだー!

「地続きの意識」がこのところのひとつの気づきなのですが、
これってつまり「もとは一体である」ってことなんだ。

パンを拾い集めて家にたどり着いたヘンゼルとグレーテルの気持ち!


例えば、ふと沸いた「不思議な感覚」を説明しようとすれば、
ウィキペディアですぐに検索できるし、科学的にも分析できるけれど、

かつての人たちはもっとこう、その感覚自体に浸るというか
分け隔てなく身近に共存していたはず。


隅々まで分けられた意識下の現代で、それを逆行して「一体」を感じるのはとても難しそうに見えるけれど、

「不思議なものは不思議なままでいい」ていう至極単純なことなのかもしれません。


不思議なシンクロや調和は日常でも、絵の活動でもいつも感じます。

それを否定することもないし、無理に実証することも怖がることもないのだなぁと、

それはきっと自己を活かすものになる、なんて
なんかすんなりと腑に落ちたのでした。


にしても、宮沢賢治は本当に本当に深い。

以前に宮沢賢治記念館に行ったときに、
「なんだかレオナルド・ダヴィンチみたいだな」

と思って、ちょっとそれは言い過ぎかななんて思ったのですが、
全然そんなことない。

宮沢賢治はもっと世界に認知されるべき天才ですね。

時間の枠を越えて、
後世の人もみな、銀河鉄道に不思議なノスタルジックの思いを馳せるのだろうと思うと、
ぐっと来ますねぇ。。


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この頃、パソコン作業が多くて手が鈍るので、模写。
足は本当にむずい…
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by loopmark1210 | 2017-03-29 17:55 | 日常記
思考と感覚のお部屋作り
1月末に「部屋の掃除&整理するぞ」と書いたのですが、じゅんぐりと亀のスピードでやってます。

思った以上にすっきりします、もっと早くやれば良かった042.gif

ものを効率的に収納すると、ものすごく気持ちが良いですね。

ものだけでなく、心の収まりが良いというか。

「もの」と「思考」ってのも結び付いてて、
やはり整理整頓できる人は、思考の引き出しを整理できてるのかもしれません。


わたしは小さい頃からめちゃくちゃに散らばすタイプで、
もう散らばしたままにして、なんとなく手に触れたものから着想を得て作るということが楽しかったのですが、

いま思うとあれ、思考のコラージュだったんですよね。

しかし、いまの生活でそれをしてはダメだということはわかる。笑



整理と思考を考えたときに、ふと浮かぶのは「本屋さん」です。


大手チェーン系の本屋さんに行くと、なぜかとても疲れる。
でも、なじみの本屋さんはそんなことがない。

単に店の空間だけの問題かな?と感じていたのですが、
いまから7年ほど前に行った丸の内・丸善の「松丸本舗」でそれがわかりました。

松丸本舗は松岡正剛さんと丸善のコラボ店舗だったのですが、とても不思議な本の置き方をしていて、

思考の渦が現実化したような場所だったんですね。

曲線の迷路に迷いこんだ感じで、
不思議な形の本棚に一見乱雑に本が置かれているのですが、
「あ、この本知ってる」という一冊を取るとそこから誘導されるように、気になっていた本、愛読した本などがどんどん現れてくるのです。

これが、すごーくゾクゾクわくわくしたんです!

自分はどこに行くんだろう!?と。
本屋さんでですよ。笑

一体どんな置き方をしているのか本当に不思議だったのですが、
いまもあの体感は特別残っています。


それをお世話になってる「らせん堂」の三浦さんに以前話したら、
やはり良い本屋の本棚は思考を誘導するように置くそうなのです。

本棚だけじゃなく、入り口から思考をいざなうとか。


はー どおりで三浦さんが作った本棚は心地良いはずだ。


この感覚を、なんとなく家の中にも取り入れられたらいいなぁとぼんやり思っています。

ただ、整理するのではなくて、
感覚と思考がそれぞれ相互作用しあって結びつきをくれる部屋、というのか。

一体どんな部屋だ、それ039.gif



とりあえずまだまだそこまでの段階には行きそうもないので、
しばらくは整理を続けようと思います (^-^;

散らかしながら…044.gif
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君たち、素敵なお部屋があって羨ましいー
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by loopmark1210 | 2017-03-27 00:43 | 日常記
再びバランスに目を向ける
感覚的に受け取ったことを、思考的にまとめて形にするって、
相当自分の中で楽しいことだったりします。

それは自分の作品でも、ご依頼でも感じる喜びなのですが、
やはり、

「感覚」
「思考」

このバランスがすごく自分の中で大事なようです。


最近、また思考寄りだったのです。

というのも、これまで感覚的なものにとても目を向けていたので、その反動なんだと思います。

お仕事でも全部、感覚で受け取る段階から、思考的な段階に移っていたし。。


思考的になりすぎるとわたしの場合、睡眠がうまく取れなくなります。

そして、なんだかズレてるような感覚になるですよね。

いつもやってることが5cmくらいズレて、なんかうまく行かない、みたいな。(長さは適当です笑)

そうなると、感覚自体がズレてくるんですよね。


うーん、魂の収まりが悪い、みたいな。



今日はすっごくメッセージありました。
危ない危ない。
このメッセージを無視するとまた振り出しに戻るんだろうな😅


思考と感覚のテーマ、なんか勝手に卒業できそうな気でいたけど、
ずっーと見つめ続けていくものなんですね042.gif


ああ、今回は自覚あっただけに…なんかすっごく反省……

今後もブログにちゃんと記して気に留めていこうと思います。


今日からまた見直し。

まずは深呼吸から!
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打ち合わせでしたー いやはやもう雪降らないと思ったら、また降ったー⛄

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by loopmark1210 | 2017-03-23 18:17 | 日常記
活動への見つめ直し
最近、やっと使命感を持って絵に向かおうと、はっきり思えるようになりました。

いろいろなこと、いろいろな方が媒体となり、作用しあって、何かが形づくられている感じ。

あーこれはもうしっかり向かっていこうと、ひとつ覚悟ができた感じです。


いま、自分の活動を見直し中です。


提案の仕方とか、なにがわたしにできることかとか、
もっともっと絵に関することや、イラストレーターの目線で見つめ直してます。

このところの自分見つめ直し(内観)が、ついに絵の活動の段階に入ってきたって感じでしょうか。

新年度もあるので意識改革にちょうど良い時期です001.gif058.gif


さて、今日は打ち合わせでした。

ご依頼者さま、はるばる我が町までいらっしゃいました~

イメージを広げるためにこちらにもお連れしました。
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おかげでだいぶ具体的にイメージを共有できました。

イメージが把握できると6割は出来たような気になります001.gif


「普通な人でよかったー」って安心されたご様子。笑
なんだか緊張させちゃってたみたいです。笑011.gif


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by loopmark1210 | 2017-03-20 23:25 | 日常記
宮沢賢治とランボーの「共感覚」
NHKの「100分de名著」がただいま宮沢賢治特集でして、楽しんで見ています。


で、宮沢賢治は「共感覚」の持ち主だと紹介されていました。


共感覚とは、あるものごとに対して五感のうち、二つ以上で感じるというもの。

例えば「文字や数字に色がついて見える」とか、「自然現象に味を感じる」とかです。


あれ、と思いまして005.gif


この感じ、最近、宮沢賢治以外で感じたよなー!と。


あ、そうだ、アルチュール・ランボーだ!


一昨年の末からシュルレアリスムにハマり、その流れでフランスの天才詩人ランボーにはまったのですが(過去のブログはこちらその1その2(詩のイラスト))、
彼の詩がまさにそうでした。

代表的なものでは、アルファベットに色が見えるという詩。

そうだそうだ、似た感覚で作品にしてる!


しかも共通点はまだあります。


ランボーは「誰かがわたしを通じて考えている」ということを意識的に作品にしたことで、
後世にもンのすごい影響を与えているわけですが
(その当時はデカルトの「われ思う ゆえにわれあり」という意識が主流だったそう)、


宮沢賢治も同じことを言っているそうなのです!


自分以外の誰かがなにかが、自分を通して書かせている


自分は媒体である

と。


宮沢賢治がランボーより40年ほどあとに生まれているので、
もしかしてどこかで影響を受けてる可能性もありますが、

賢治のあのみずみずしい伸びやかな作品は天性のものに受け取れて、
誰かの影響を受けて変遷したという気はあんまりしないのですが、 、どうなのだろう。


そんなことを思って、またもハッとしました005.gif


家族に「数字に色が見える」って言ってた人がいるじゃん…と。


以前、あんまりわたしが口説く質問しまくったから
「こんな聞かれるなら、今後このことには一切答えない!031.gif031.gif031.gif」と怒られたのだった。。


本人、わたしと違ってすごく現実主義だからな…
(現実主義者でも共感覚って宿ってるのだなぁ)


共感覚、小さい頃は誰もが持っているけれど、大人になるにつれ大半が失われるそうです。

感覚に目を向けてるわたしには、タイムリーすぎる話題でした♨001.gif
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<2017.4月追記>
去年のボブ・ディランの記事で「ボブ・ディランもランボーと同じく媒体タイプの人間」みたいなことを書いてました!(忘れてた笑)
てことは、ランボー、宮沢賢治、ボブ・ディランは三人とも似たタイプの表現者ということですね!
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by loopmark1210 | 2017-03-16 02:56 | 日常記
「怒りは原動力」からの手放し
仲良しなお友達のお子さんの「高校合格したよー!」という知らせで始まった今日です。

このところ、感慨深そうな友達を見てて、
なんだかわたしも今年は「あー春が始まるんだな」と、とりわけ実感しています。


しかし、もんもん…021.gif


わたし、春の変化が大嫌いだったなー もんもん…021.gif

新年度の始まりの変化、
つまり「強制的な変化」が嫌でたまらなかったなー

クラス替え、友達作り…うがー020.gif

このへん、集団生活が苦手で、自分の気持ちとペースを優先したい射手座そのものです。


そんな感じで、もんもんしていると…021.gif020.gif


うおお、浮かんできたぞ地獄の学生時代が!笑020.gif020.gif

それに引っ張られて、もろもろの怒りの記憶がぞろぞろ釣れる~020.gif020.gif020.gif


このところ、絶賛浄化&手放し中のせいか、やはりちゃんと来ます、闇との向かい合い。

今日はやや大量😅


いろんな傷ついた記憶があって(30数年も生きてるとねー)、
それを怒りにして原動力にしていた時期がありました031.gif031.gif


でも、怒りの原動力は本人が一番すり減ることがわかりました034.gif


ちなみにわたしの活動でも縁のある、尊敬する寺山修司は「怒りが創作の原動力」とはっきり書いてます。

彼の作品を見ると、怒りが溢れていてたまらなくなります。

寺山氏とは誕生日など一致するところが多いので、モナちゃんにホロストープを見てもらったことがあるのですが(勝手にごみんなさい)、

わたしはもっと穏やかな配置のようです。


怒りを創作に変えるやり方はわたしには合わないようである、ふむ。(ふわふわ人間だものなw)


それは全部、寺山修司がやりきったのだなぁと思います。

いろんな作家さんアーティストさんがいますが、ここまで怒りや執念を作品から感じる人もいないのですよね。


あ、そう

そうなのです、うまく言葉にできないでいたけど、


過去の人が、先人たちが、
自分の代わりにやってくれてることがあるのです。


そういうのに読書やいろんな鑑賞で、時空を超えて気づかされます。


そうすると、それはわたしの手段にしなくていいんだ、

となって

それを手放すことができるんですよね。

そして、新しい選択肢が見つけられるようになる。



作品はただあるものじゃなくて、メッセージ

そういうのに気づくと、この世界は優しさがちゃんとあると思えます。

怒りをエネルギーにするのではなく、
怒りから副産物的に出てくる優しさに気づいていきたい。

浄化しながら。


うーん、うまくまとまったような、そうでないような💧
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by loopmark1210 | 2017-03-14 18:56 | 日常記