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技術の底上げ
林真理子さんのエッセイを読んでいたら

“エッセイとはつまるところ自慢話である、
とは、しばしば言われる”

と書いていた。

ああ、そうかもしれないなぁ

いまこうやって
平常を綴っているけれど
10代20代の自分が読んだらきっと

穏やかに文と絵なんぞ載せやがって
気に食わねぇ

と思っただろう
(牧歌的な傾向がとにかく嫌いだった)


言葉を綴るには度胸がいる
その最たるところは
小説かもしれない
小説にはエッセイやブログでは描かれない
人の汚さ
までをも書いているから

わたしにそこまでの度胸は
あるわけもなく


でも、
やはり人と繋がるのも言葉である
円滑にするのも、伝えるのも
もしかして自分自身に気付くのも
言葉かもしれない

という仮定の上で

いまはちょっとだけこの場を借りて
言葉と絵の技術の
「底上げ」をしたいと
思っているのです

実践と記録の場
としての
ブログ



「底上げ」って言葉
肝っ玉な印象があって
なかなか好きになってしまった

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紅茶缶ペン立て





第2回プラチナブロガーコンテスト



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by loopmark1210 | 2018-01-19 17:04 | 日常記 | Comments(0)
「嫌いのエネルギー」とは
ブログを書くときは、自分が一番良い状態のときだったりする。
顔にちゃんと化粧をしてるような。窓辺でうっすら光浴びて、ハイライト効果すらある感じ。

でも、書かないときには真っ黒のときも、灰色のときもあるわけです、人間だもの(みつを)。
雲のごとく、ふわーんとしてるときもある。

で、あんま小綺麗なことばかりじゃ、読みに来る人はつまらないかもしれない、
いや、結構つまらないんじゃないか…
とふと思ったわたし。

なので、ちょいとノーメイク晒していい日もあるんじゃないかと思ったわたし。

今日はノーメイクでお届けします。(唐突)

-------------------

「嫌いのエネルギー」について考えましょう。

いやはや、どうにも苦手な絵描きさんがいまして、あーどうにも嫌だな嫌だな、と思ってたわけですよ。

いろいろ理由はあっても、まぁ軸はわかってるんです。

成功してるからなのです。(どどーん)
だって成功してないと、まず気にならないでしょ。

あー成功したい(超漠然)、中央のお仕事してみたい、地方住まい好きだけどこればかりはもどかしいもどかしいーーー

と、自己顕示欲丸出しでうがうが言ってる日がわたしにはもちろんあるのです。そんな日ばっかなのです。
もう恥ずかしげもなく承認欲求丸出しなのです。

で、
事あるごとにその方が浮かんでくるときがあったので、
このところの一人美大状態を利用して、研究してみることにしました。

ならば、模写してみようではないかと!

模写、わりと最近得意だったのでね、余裕で出来るでしょと思いました。

そしたらね、


で、できない。。

できなくて、、、

疲れて、、、


やーめたー!



短い模写でわかったこと。

その方がどういう技法で、視点で描いているか、なんとなく見えた、
ような。
結構これが発見で、なるほどーと思わず感心している自分がいました。
こんな工夫されてるのだ、ほほー。
そりゃあ人気出るよね、ちゃんと計算されてるもん。

それで、ん? 
それまでの「嫌い」の感覚が薄まったような。。
たぶんこの方への嫌いの感情、そのうち消える?、と言ってもいい、
ような…
ないような…


嫌いってのは、気になってるってことなんでしょうね。

わたしはこの「嫌いのエネルギー」にとても疲れさせられます。
そう思ってるときや、それを家族に思わず言ったりしてるとき、すごく自分が情けない気持ちにもなる。

あー どうしたもんかなー 

と思って、ふと
「どうしたもんかなー」ってなってる自分こそがめちゃくちゃ自分らしいな、なんて思いました。


「嫌いだー!」ってなったら、その対象の真似をしてみるって、良いかもしれませんよ。

苦手な俳優の演技真似たり、苦手な歌手の歌完コピしてみるとか、どうですかね。


でもこれ、現実の人間関係には効果はあるのか?

つまるところ、極力「嫌い」は作らないこと、なのか。


あー どうしたもんかなーーー



そんなノーメイク齋藤が贈るクリスマスカードプレゼント企画、15日まで開催中です。


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写真は過去の模写練習で本編とは関係ありませぬ。





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by loopmark1210 | 2017-12-06 18:13 | 日常記 | Comments(0)
「変わる」ということ
このところ、自分の作風を客観的に分析して、もっと良くなりはしないもんか、と考察しています。

そんなことやったことないので、果たしてできるのかと思ったのですが、
思えば絵を完成させる度に友人や家族、ご依頼主から、また個展の場ではお客様から感想を伺っていたので結構あったのです、判断材料が。

特に個展でのご感想、メモしておいて良かったー!✨

改善できるところは改善して、伸ばせるところは伸ばす工夫を考えてみます。

それで、個展のときに活動初期からの友人に言われた一言をふと思い出すのです。


「前のようなシュールな感じが良かった、変わったね」


これを聞いたとき、複雑な思いになりました。なんかちょっと悲しいというか、うーん、寂しいに近いかもしれない。そうなんだー…と。

当時の「シュールな感じ」の絵はこういうもので、ゴシックやアングラと言われる部類だと思います。
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イギリス世紀末美術のイラストレーションにものすごい影響を受けていて、模倣が強かったのです。
この時の絵は完成度が高い、とたまに言われるのですが、それは世紀末美術という完成された文化を模倣したので(わたしの努力と経験で得た技術で描いていないので)、そう言ってもらえたのかなぁと思います。

この頃は全く色が使えなかったです。
なので逆に、「白黒のみで完成されたイラストを描くなら、世紀末美術の模倣しかなかった」のです。

で、やってみて物足りなさをすごく感じたのですねー
自分の内にあるものを微塵も出せていない気がしたし、過去の時代の既製品を出しているような感覚もあったし。


この時の展示で60歳くらいの男性がわたしに話しかけてきました。

「ゲーム好きなの?」

その方はこれがなんの絵かよくわからず、どうやら異世界風ではあるので、じゃあテレビゲームの絵だろうと判断したらしいのです。

それで気を使ってか、その方が知る限りのRPGゲームの話をずっとしてくださいました。汗(インベーダー世代でありましょうに!)

そのとき思いました。
「伝わらないってこういうことなのかー!」と。 

なんてわかりづらい絵を展示してしまったんだろう、と。
それ専門の、こうしたものが好きな人が出入りする場所で展示するならいざ知らず、そうではない場所で。

もちろん珍しさから興味深く見てくれる方もいらっしゃったのですが、やはりわかりづらかったと思います。
(そもそも伝えたいことってあったのかな)

いまあれから数年経ち、絵柄の変遷は自分でも驚くくらいなのですが、
その友人の「変わった」のひとことから、
「あ、以前よりは伝わりやすい絵を描けているということなのかも」と思うことにしました(レッツポジティブ)。

若い時はわかる人に伝われば良かったけれど、「北の街」の表紙をさせていただいてから考えがガラリと変わりました。

そして、その考えにまだ絵が追いついていないなぁと思うところです。

はーーーー…

まだまだ時間が掛かりますが、

変わることを恐れずに!




そいえば、Amie相方のようちゃんがいつだったか
「変わったてことは、なにかが出来なくなったってことじゃなくて、“さらに出来ることが増えた”ってことだよねー」と発言してました。

ナイスようちゃん!
ほんとにそうだと思います。






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by loopmark1210 | 2017-11-12 02:50 | 日常記 | Comments(0)
見直しの秋〜
8月末から見直しに入りました。

とにかく描いてるのですが、新作というよりはもう一度勉強し直し、という感じです。

これが楽しい笑

一人美大or専門学校状態というのか、
今まで独学ばかりで、「こうしたら良いんだよ」という、まぁ人に教えてもらうってことをしてこなかったんですよね。

と言っても勉強も一人でやってるのですが笑、

そういう本を読んだり、いまはネットでもそういう動画がたくさんあるので、それを見たり。(良い時代ですよ~ほんと✨)

そしたら、「あーこうしたら便利だと思ってたのはこういう理屈からなのか!」てのがわかって、なんだかすごく楽しいのです。

今までは自己形成において絵がとても役立ってくれたのですが、ちょっとパーソナルな面と密接だったので(ブログでもおわかりのとおり笑)、
もっと技術として絵を使いこなせたら役立てられたらなぁと思います、

10年目にして笑

同時にやはり美術の学校に進学して教えてもらいたかったなぁと思うのですが、
まぁそれは経済的な部分で無理だったし、
自分当時は漫画家になると言い切っていたし(どこにそんな自信が)、
独学でここまでやってきたのだからもう逆に率先してこれで行くしかないでしょ、とすっきりと思うところです、

10年目にして笑


というわけで、ホームページやらも作り直しております。
ちまちま動くアングラちっくなの気に入ってるんですが、まぁ見づらいですよね(⌒-⌒; )
見にくる方には不親切。笑

今回も自分で作るので、機能的な向上はそんなにないかと思いますが、少なくとも見やすくはなるかと思います。

活動始めた11月には公開できたらなーと思ってます。

ああ、10周年記念企画まで手が回らない!💦

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がうがう(載せる写真が特にありませんでした)

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by loopmark1210 | 2017-10-07 00:38 | 日常記 | Comments(0)
故郷憧憬のような
作業集中デイが続くと、作業中でもほわっとなにか考えてるようで、
最近は故郷、津軽のことを考えてます。(ま、このブログでは多いネタなのですが)

amazarashiという、若い世代に圧倒的な支持を受けてるアーティストさんが青森県出身なのですが、
なんと新曲のPVに青森の街の風景や青森でのライブの様子が映っているのですね。(
こちらリンク


ファンの友達に教えてもらって見たのですが、いやはや驚きました。
馴染みある風景がすごくカッコよくなってるんですもの。
(友達曰く「初めてアスパムをかっこいいと思った」と笑)

で、
すごく、青森出身者としては良いなぁ、良い形での発信だなぁと嬉しくなったのです。
(この気持ち、青森出身の松ケン主演&横浜聡子監督の「ウルトラミラクルラブストーリー」制作知ったときと同じ)


さて、先日、津軽弁で歌う青森出身の歌手の方(東京在住)とお話しする機会がありまして。


その方もわたしと同様、故郷津軽にはねじ曲がった感情や想い出があるらしく、
だけれどもそれが、あの土地の、風土の圧倒的な他にない魅力であり、
だからこそいろんな文化が生まれた土台なのであり、
歪みながらもめちゃめちゃ愛しているのだ、と熱く語っていました。

それで、印象的なことを言っていました。

「でも、わんどが感じたあの土地の独特の空気ってのは、いつか必ずなくなってしまうから、
訛りでさえどんどんなくなってるんだはんで、
だから、わは歌で青森を残したい」

なるほどなーと思いました。

確かに、帰る度に風景は変わっています、すごい勢いで。
震える拳握りしめて歩いた町並みの風景はもう別な町になっていて、
ホッとしながら、ハッとします。

わたしはいまは少し離れて、ちょうど良いところで暮らしていて活動していますが、
なんだかね、なんか出来たらなと思うのです、その歌手さんのように、自分らしいやり方で。

なんだべね。笑
まだわからないなー

やはりそう思えるのは、魅力的な場所なのでしょう。

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過去フォルダより、浪岡の鳥の群れやばし。





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by loopmark1210 | 2017-09-07 00:17 | 日常記 | Comments(0)
ご先祖さまの白黒写真
外向きに過ごした7月が終わり、8月はひたすら作業しとります。
音楽聴きながら、ひたすらもくもくと…。

こちらは外向きに作った顔はめ布。
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内容は果たして外向きだったのだろうか。 笑(寺山修司市街劇に使用しましたー)


お盆も終わりましたね。
弾丸でのお墓参りでしたが、やはりお墓参りすると気持ちがスッキリするもので、
もっと余裕持って来れば良かったなと思います。
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夫の実家の仏壇部屋には、ご先祖様の白黒写真が並んでいます。
祖母の本家もそうで、昔はそれがやはり怖かったんですが、
みんなが線香上げてる間、ぼんやりとどんなシチュエーションで撮ったのだろうなんて考えてみました。

写真撮影なんて珍しい時代だったでしょうから、写真屋が家に来るだけで騒動だったでしょう。

父母から受け継いだ仕立ての良い着物を着たのかしら。

カメラの前では緊張しただろうな

なんて考えると、ふふっとなります。

白黒写真て、「念を演出する」というのか、
カラーと違って温もりが伝わらない分、怖さやじっとりした湿度感が際立ちます。

ほんとはそんな怖くないはずなんですけどね。

横尾忠則氏の作品にご先祖らしき白黒写真を山の噴火口の絵とコラージュさせてる絵があるんですが、
もう演出された念が強くて、美術館で吐きそうになりました。(念に弱い)


以前、大戦前の街なかの写真に色をつけるという番組を見て、その鮮やかさに驚きました。

「灰色の悲しい悲しい時代」てイメージが強いですが、戦争前には煌びやかな文化がちゃんとあったんですよね。

そうしたものは色がついてないとやはり伝わらないなぁと思いました。

「この世界の片隅に」という映画では、まさにそこが見事に再現されていて、
初めて時代の地続きを感じました。

今年は終戦記念日、慌ただしくしていたからか、あまり終戦の日を感じないまま過ぎてしまった。

小さい頃はお盆からの弔いの雰囲気が嫌でした。
なんだよー皆しけたツラしやがってー ねぶたはあんなはしゃいだのによー的な。笑

でも、いまは考えるだけでも大事だなぁと思います。
わたしの小さかった頃よりもやはりその雰囲気は薄れている気がします。

実家の白黒写真からそんなことをぼんやりと。
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岩木山さまー!


さて作業に戻ろう。

月末は一年ぶりのプリン展(盛岡市)ー!
プリン愛が再び試されるー!

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by loopmark1210 | 2017-08-17 17:09 | 日常記 | Comments(0)
地方と都会のこと
東京に行くと、主にギャラリー巡りをし、いろんな方に絵を見ていただきます。

地方住みなので、やはり定期的に中央の方に助言をいただくのはわたしにとって必須なのです。

イラストの神様にも会えた~~✨


で、地方と都会、ということでお話を聞いていて、なるほどと思うことがありました。

どうしても地方にいると「昔からの地方と都会の関係」という感覚が根付いてしまってますが、
都会からの目線のお話を聞くと、かなり変わってきてるんだなと感じるのです。

ネットの普及や物流の速さや移動手段の増加で、やはり昔ほど、大きな差が無くなってきている。
地方ゆえの不自由さが減ってきている。

これは素晴らしいことだと思います
(反面、起きる問題もあるわけですが😅💦)


先日、東京から移住してきた知り合いの、あるジャンルのプロの方が、テレビの取材を受けました。

そこで、その方はテロップで「元プロ」という表記をされたらしく、
「地方に移り住んだだけで、なぜ元なのでしょう」と問題提起されてました。

似たようなことをよく思います。


わたしは青森で生まれて、地区は変わりながらも青森を拠点としています。
青森だからこそ描けること、青森に生きてるから内面から生まれること、
これは何ものにも代えがたいなと思います。

9年ほど前に初めてギャラリー回りをしたときに、当時憧れていた方から、
「あなたは都会に来ない方がいい」と言われました。
「きっと都会に来たら、この風合いは描けなくなるから」と。

これがね、結構嬉しかったのです。
その方は、青森にも何度かいらしていて、青森の魅力を知ってらっしゃるようでした。



東京はどんどん人口が増えて、一極集中化し、地方の過疎化はやはり進むのだと思います。

それは止まらないことなのかもしれないけど、
地方と都会の、頼もしい相互関係を信じたいなと、東京から帰るときにいつも思います。

(でも、わたしは団体活動が苦手なので今後も個人活動ですが😅)


またちょっと暑苦しいことを書いてしまったかな…(^_^;)
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ベートーヴェンさん、どう思われます?
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by loopmark1210 | 2017-07-08 20:45 | 日常記 | Comments(0)
ブルーブルーブルー!
GWの前半は実家に帰っていました。

それで、ふと思い立ち、
12歳のときから書き溜めていた日記帳群をごっそり持ち帰り、初めて読み返してみました。

そしたら、そんなに昔のわたしって今と変わってない…!とびっくり。

言葉のリズムとか感じ方もほぼ一緒…


えー
だって、いろんな変遷ありまくった気がしまくるんだが(@_@;)(日本語変)

変わりたくて模索しながら変わってきたような気がするんだが


はるばる歩いた先に、12歳の自分がポップコーン食べてドラえもん見てたという、、、(初めてのページがドラえもん映画を見たという内容だった笑)


自分探しってよく言うけれど、
最初から「自分らしきもの」は間違いなくあって、

でも実体としては見えなくて、

影響を受けるもの、いろんな人、いろんな作品や表現を媒体として「自分らしきもの」に気づくのかもしれない、
決して映らない鏡に一瞬自分を見つけるような感じで

なんて、なんとなく思いました。



はじめから自分はあるのだから、流行りの自分探しなんてしなくていいのです
そのままのあなたが何をしていくか


そういえば誰かがそんなことを言っていたような気がする
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太平洋、蕪島、小田内沼ブルーブルーブルー!
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こちらはお酒の蕪島ブルー!@洋酒喫茶プリンス




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by loopmark1210 | 2017-05-06 15:08 | 日常記 | Comments(0)
メモリー容量を空ける
久々に瞑想。

昨年まではこまめに瞑想をしてました、チベット体操のあとにシンギングボウルの音声を聞きながら。


瞑想もこなれてくると、空飛んでるような気持ちよさと爽快さが感じられて病み付きになるけれど、

実際、一日四時間瞑想してるタレントさんがこの前テレビにも出ていたけれど😅(すごい)、


久々にやったら、もーいろんなことが頭に浮かんであっという間に終わってしまった(>_<)


気になってることアレコレ


浮かんだ分、流せているのでいいのですが、
それだけ思考的になってるんだなと自覚します。


しかも、気持ちの良い思考は、ふわっとすぐ空に預けられるけど、

マイナス的な思考は、内側に潜り込んで、流してあげないと無意識下でも考えてしまうという、
なんとも自分のメモリーを無駄に食べられるやつ。


む、改めて考えると、ほんとにメモリーの整理に似てるんだなぁ


スマホの不要なデータを削除するアプリみたいに、自分のメモリー領域を常に保つ


空いたところには新たな息吹が入ってくると信じて

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前に描いたジェーン・バーキン


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by loopmark1210 | 2017-04-20 00:50 | 日常記 | Comments(0)
思考と感覚のお部屋作り
1月末に「部屋の掃除&整理するぞ」と書いたのですが、じゅんぐりと亀のスピードでやってます。

思った以上にすっきりします、もっと早くやれば良かった042.gif

ものを効率的に収納すると、ものすごく気持ちが良いですね。

ものだけでなく、心の収まりが良いというか。

「もの」と「思考」ってのも結び付いてて、
やはり整理整頓できる人は、思考の引き出しを整理できてるのかもしれません。


わたしは小さい頃からめちゃくちゃに散らばすタイプで、
もう散らばしたままにして、なんとなく手に触れたものから着想を得て作るということが楽しかったのですが、

いま思うとあれ、思考のコラージュだったんですよね。

しかし、いまの生活でそれをしてはダメだということはわかる。笑



整理と思考を考えたときに、ふと浮かぶのは「本屋さん」です。


大手チェーン系の本屋さんに行くと、なぜかとても疲れる。
でも、なじみの本屋さんはそんなことがない。

単に店の空間だけの問題かな?と感じていたのですが、
いまから7年ほど前に行った丸の内・丸善の「松丸本舗」でそれがわかりました。

松丸本舗は松岡正剛さんと丸善のコラボ店舗だったのですが、とても不思議な本の置き方をしていて、

思考の渦が現実化したような場所だったんですね。

曲線の迷路に迷いこんだ感じで、
不思議な形の本棚に一見乱雑に本が置かれているのですが、
「あ、この本知ってる」という一冊を取るとそこから誘導されるように、気になっていた本、愛読した本などがどんどん現れてくるのです。

これが、すごーくゾクゾクわくわくしたんです!

自分はどこに行くんだろう!?と。
本屋さんでですよ。笑

一体どんな置き方をしているのか本当に不思議だったのですが、
いまもあの体感は特別残っています。


それをお世話になってる「らせん堂」の三浦さんに以前話したら、
やはり良い本屋の本棚は思考を誘導するように置くそうなのです。

本棚だけじゃなく、入り口から思考をいざなうとか。


はー どおりで三浦さんが作った本棚は心地良いはずだ。


この感覚を、なんとなく家の中にも取り入れられたらいいなぁとぼんやり思っています。

ただ、整理するのではなくて、
感覚と思考がそれぞれ相互作用しあって結びつきをくれる部屋、というのか。

一体どんな部屋だ、それ039.gif



とりあえずまだまだそこまでの段階には行きそうもないので、
しばらくは整理を続けようと思います (^-^;

散らかしながら…044.gif
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君たち、素敵なお部屋があって羨ましいー
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by loopmark1210 | 2017-03-27 00:43 | 日常記 | Comments(0)