活動への見つめ直し
最近、やっと使命感を持って絵に向かおうと、はっきり思えるようになりました。

いろいろなこと、いろいろな方が媒体となり、作用しあって、何かが形づくられている感じ。

あーこれはもうしっかり向かっていこうと、ひとつ覚悟ができた感じです。


いま、自分の活動を見直し中です。


提案の仕方とか、なにがわたしにできることかとか、
もっともっと絵に関することや、イラストレーターの目線で見つめ直してます。

このところの自分見つめ直し(内観)が、ついに絵の活動の段階に入ってきたって感じでしょうか。

新年度もあるので意識改革にちょうど良い時期です001.gif058.gif


さて、今日は打ち合わせでした。

ご依頼者さま、はるばる我が町までいらっしゃいました~

イメージを広げるためにこちらにもお連れしました。
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おかげでだいぶ具体的にイメージを共有できました。

イメージが把握できると6割は出来たような気になります001.gif


「普通な人でよかったー」って安心されたご様子。笑
なんだか緊張させちゃってたみたいです。笑011.gif


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# by loopmark1210 | 2017-03-20 23:25 | 日常記
また会える、の確信だけが
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お世話になった方が亡くなられたという報せ。


いやいやいや、元気だったし
はつらつとしてかっこ良かったし、そんなそんな


でも、新聞にはちゃんと書いてあった。


そうか…



その方に、低迷してた頃にたくさんのご助言をいただいた。


自分の若い頃を思い出してか、「さち子さんはこれからじゃないー」なんて。


ひとつの疑問を投げ掛けたことがある。


それに対して、その方はすこしハッとした表情を見せてから


「それは一生かかるかもしれないね
一生かけてもわからないかもしれない」


「でも僕もそれをずっと探しているよ」





まだ全然実感がない。


いや、わたし、元からなんというか誰かが亡くなっても、

なんだかまた会えるだろうな、なんて思っている。

母のときも祖父のときも
他に過ぎていった大好きな人たちも



明日にも会おうと思えば会える気がしていて

ただその連絡する手段がいまはないだけなんだ

って思っている。



昨日、たまたま調べていた。

「射手座は時間軸を越えようとする旅人」なんだって。


本や作品、その方の残したもので
わたしはきっと会えるんだろう、これからも


そして、いつかほんとに会えるんだと思う


寂しい悲しいの感情がこれから表れてくるとしても


また会える、て感覚を
持ち続ける


Loopmark



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# by loopmark1210 | 2017-03-18 23:44 | 日常記
ピンクと紫のレオ様
ハンドメイドユニット・Amie(絶賛休業中!)の相方ようちゃんからのご依頼、

「娘が今年、受験&卒業なので、勇気づけられるようにレオ様の絵を描いてほしい!」とのこと。

レオって、レオナルド・ディカプリオ??

この写真で、というご指定もあり。

あ、「太陽と月に背いて」の頃のレオ様だ!
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元は暗い写真だったんですが、
なんとなく浮かんだイメージはピンクと紫。
偶然にも娘ちゃんの好きな色合い。


届いたのは卒業式の直後だったらしく、募る想いがあったのか、
絵を見るなり、娘ちゃん…


泣いたとか!(@_@;)


それをじかにわたしに伝えるようちゃん…


な、泣いてる!!(@_@;)



感慨深かったのでしょうね~

いろいろびっくりしましたが笑、
昔から知ってる二人の大事な記念のときにお祝いできて良かったです。


3月はほんとにいろんな想いが込み上げますね。

描き続けてよかったなぁと、今年は特に思います。


ちなみに、このレオ様の映画での役は昨日の記事でも話題にしたアルチュール・ランボー。
うーん、シンクロしてるなぁ。



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# by loopmark1210 | 2017-03-17 16:11 | イラストレーション
宮沢賢治とランボーの「共感覚」
NHKの「100分de名著」がただいま宮沢賢治特集でして、楽しんで見ています。


で、宮沢賢治は「共感覚」の持ち主だと紹介されていました。


共感覚とは、あるものごとに対して五感のうち、二つ以上で感じるというもの。

例えば「文字や数字に色がついて見える」とか、「自然現象に味を感じる」とかです。


あれ、と思いまして005.gif


この感じ、最近、宮沢賢治以外で感じたよなー!と。


あ、そうだ、アルチュール・ランボーだ!


一昨年の末からシュルレアリスムにハマり、その流れでフランスの天才詩人ランボーにはまったのですが(過去のブログはこちらその1その2(詩のイラスト))、
彼の詩がまさにそうでした。

代表的なものでは、アルファベットに色が見えるという詩。

そうだそうだ、似た感覚で作品にしてる!


しかも共通点はまだあります。


ランボーは「誰かがわたしを通じて考えている」ということを意識的に作品にしたことで、
後世にもンのすごい影響を与えているわけですが
(その当時はデカルトの「われ思う ゆえにわれあり」という意識が主流だったそう)、


宮沢賢治も同じことを言っているそうなのです!


自分以外の誰かがなにかが、自分を通して書かせている


自分は媒体である

と。


宮沢賢治がランボーより40年ほどあとに生まれているので、
もしかしてどこかで影響を受けてる可能性もありますが、

賢治のあのみずみずしい伸びやかな作品は天性のものに受け取れて、
誰かの影響を受けて変遷したという気はあんまりしないのですが、 、どうなのだろう。


そんなことを思って、またもハッとしました005.gif


家族に「数字に色が見える」って言ってた人がいるじゃん…と。


以前、あんまりわたしが口説く質問しまくったから
「こんな聞かれるなら、今後このことには一切答えない!031.gif031.gif031.gif」と怒られたのだった。。


本人、わたしと違ってすごく現実主義だからな…
(現実主義者でも共感覚って宿ってるのだなぁ)


共感覚、小さい頃は誰もが持っているけれど、大人になるにつれ大半が失われるそうです。

感覚に目を向けてるわたしには、タイムリーすぎる話題でした♨001.gif
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<2017.4月追記>
去年のボブ・ディランの記事で「ボブ・ディランもランボーと同じく媒体タイプの人間」みたいなことを書いてました!(忘れてた笑)
てことは、ランボー、宮沢賢治、ボブ・ディランは三人とも似たタイプの表現者ということですね!
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# by loopmark1210 | 2017-03-16 02:56 | 日常記
「怒りは原動力」からの手放し
仲良しなお友達のお子さんの「高校合格したよー!」という知らせで始まった今日です。

このところ、感慨深そうな友達を見てて、
なんだかわたしも今年は「あー春が始まるんだな」と、とりわけ実感しています。


しかし、もんもん…021.gif


わたし、春の変化が大嫌いだったなー もんもん…021.gif

新年度の始まりの変化、
つまり「強制的な変化」が嫌でたまらなかったなー

クラス替え、友達作り…うがー020.gif

このへん、集団生活が苦手で、自分の気持ちとペースを優先したい射手座そのものです。


そんな感じで、もんもんしていると…021.gif020.gif


うおお、浮かんできたぞ地獄の学生時代が!笑020.gif020.gif

それに引っ張られて、もろもろの怒りの記憶がぞろぞろ釣れる~020.gif020.gif020.gif


このところ、絶賛浄化&手放し中のせいか、やはりちゃんと来ます、闇との向かい合い。

今日はやや大量😅


いろんな傷ついた記憶があって(30数年も生きてるとねー)、
それを怒りにして原動力にしていた時期がありました031.gif031.gif


でも、怒りの原動力は本人が一番すり減ることがわかりました034.gif


ちなみにわたしの活動でも縁のある、尊敬する寺山修司は「怒りが創作の原動力」とはっきり書いてます。

彼の作品を見ると、怒りが溢れていてたまらなくなります。

寺山氏とは誕生日など一致するところが多いので、モナちゃんにホロストープを見てもらったことがあるのですが(勝手にごみんなさい)、

わたしはもっと穏やかな配置のようです。


怒りを創作に変えるやり方はわたしには合わないようである、ふむ。(ふわふわ人間だものなw)


それは全部、寺山修司がやりきったのだなぁと思います。

いろんな作家さんアーティストさんがいますが、ここまで怒りや執念を作品から感じる人もいないのですよね。


あ、そう

そうなのです、うまく言葉にできないでいたけど、


過去の人が、先人たちが、
自分の代わりにやってくれてることがあるのです。


そういうのに読書やいろんな鑑賞で、時空を超えて気づかされます。


そうすると、それはわたしの手段にしなくていいんだ、

となって

それを手放すことができるんですよね。

そして、新しい選択肢が見つけられるようになる。



作品はただあるものじゃなくて、メッセージ

そういうのに気づくと、この世界は優しさがちゃんとあると思えます。

怒りをエネルギーにするのではなく、
怒りから副産物的に出てくる優しさに気づいていきたい。

浄化しながら。


うーん、うまくまとまったような、そうでないような💧
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# by loopmark1210 | 2017-03-14 18:56 | 日常記